「春を背負って」
バリバリのネタバレありなので、この映画を未見で話の筋を知りたくない人は後半は読まない方が良いです。
まずはネタバレなしの話から。
タイトルのフォント、楷書体にしてみたのだけど、見ている方のPCではちゃんと表示されるかしら。毛筆体とかにしたかったのだけど、それだと閲覧側で表示できない可能性が高くなるしな。グラフィックにしてしまえば解決なのだけど、そこまで手間暇かける気もないし。
結論から書く。
「木村大作さん、やればできるじゃないの」
・・・何をえらそうに、と自分でも思うけど。
前作の「剱岳 点の記」では、山の映像が素晴らしい替わりに話がペラペラなのが大不満だった。それもちゃんとした原作があるのに、わざわざ必要なモノを削って不要なモノを挿入し、現代的な甘ったれたテーマを持ち込んだおかげで明治の衣装を着たコスプレにしかみえない登場人物に、「この人はしょせんカメラマンで監督の器ではないな」と思ったものだ。
ところが今回はちゃんとリアリティがあるセリフや人物設定と、ちゃんと監督してるし脚本家の存在も感じる。やればできるんじゃん。
よく考えてみれば、あちこちで木村監督自らが公表している演出法、というかそもそも演出らしい演出はせずに、キャストをその場に立たせて自然に湧き上がる感情を撮る、という手法は、これは「点の記」には通用するはずがなかったのだ。
だって点の記は明治時代の話だよ?いくらキャストを実際に剱岳に登らせても、明治の人の気持ちがそれだけで判るはずがないじゃないか。
だからコスプレにしか見えなかったんだ。納得。
その点、今回は現代劇である。そりゃ木村監督のこの手法、今度は生きるわ。
今回はその手法、ツボにハマりまくっているように見えた。キャストがみんな自然で良い表情をしているなぁ。
ゴロさんも蒼井優も、「あ〜、山にいるわ、こんな人」という雰囲気を持っている。松山ケンイチだけが山小屋の住人としては浮いて見えるが、それもそのはず、彼はまだ山小屋経営者1年生。浮いて当然。
蒼井優は良いわ。
この人、特に美女!ってわけではない分、演技による色づけが本当に上手い。どんな役でもできてしまう女優さんだね。
しかし今回のイチオシは豊川悦治である。この人、これまでそれほど好きではなかったのだが、ゴロさんにはやられた。
ゴロさんのような、いつ何時ふらりと行っても歓迎される居候に私はなりたい。
それもそれ、歓迎してくれるのが蒼井優というあたりには殺意を覚えるが。
話は良い意味でたいしたことない。
主役級の松山ケンイチ、ゴロさん、蒼井優の3人(役者名と役名がごっちゃになってるが)はそれぞれ"何か"を背負っているのだが、その背負っているモノがそれぞれ"たいしたことがない"ものなのが良いんだ。
それが現実ってものでしょ。
誰でも何かを背負ってるけど、実はたいしたことではないことがほとんどで、それでもそのたいしたことないモノにみんな押し潰されそうになって生きているわけで。
蒼井優が自分のことを語るシーンは複数のカメラでほぼ一発撮りで撮影したそうだが、良いシーンだった。このシーンや終盤、蒼井優が小屋の装備を手早く取りに走るシーンのカメラワークは凄いと思った。やっぱ凄いカメラマンなんだ、木村さん。
あと、小屋開けの夜の食事シーンも良かった。何がどうというわけでもないのだが、あーそうそう、こんな雰囲気だよ、って感じで。警備隊とかガイドとか、従業員以外の人の入り方がリアルで面白い。
ちなみにこのシーン、この映画の山岳監修を勤めている山岳ガイドの多賀谷氏、ちゃっかりテーブルの手前に座って画面に入っているよね。
それも、キャスト達がちゃんと演技して劇を進めているのとは無関係に、単に飯食ってるだけ。これ、ほんとに単に飯食ってただけなんですよね?多賀谷さん。
あまりに楽しいシーンのため、私の目は多賀谷氏に釘付けであった。ほんとにふつーに飯食ってるわ、この人、って。
モンベルの辰野社長も出てた。こちらはちゃんとセリフまである。でも講演の時と比べるとちょっと緊張気味。
他にも特別出演の山岳関係者、何人かいるかも。
というわけで、ハッタリは皆無に近い映画だけど、心に染みる良い映画だったな、と思う。
ブルーレイ、買うよ。次回作も楽しみにしてるので、年齢的にきついかもしれないけどもう数本は撮って欲しいな、と思った。
さて、ここからネタバレ
ま、そんな本作だけど、逆にハッタリが必要なシーンはやっぱ下手っぴだね。
まず冒頭のお父さん(小林薫)が事故死するシーン。
そもそも雪庇を踏み抜いて滑落した登山者を横から助けに行って巻き込まれ、なんてありなの?山岳監修の多賀谷氏はこれで良いと言ったのですか?
ちょっとあり得ないシーンのように思えるが・・・
それとクライマックスのゴロさんを担ぎ下ろすシーン。
この映画がいくらフィクションで架空の「菫小屋」なんですよ、と言われても、こちらはもうここは大汝休憩所、とすり込まれて見ているわけである。現に「立山」って劇中でも言ってるしさ。
その大汝休憩所に警備隊が到達する時間が2時間だと?どこの小屋だどこの。剱沢から三の窓まで2時間で移動する富山県山岳警備隊とは思えない設定である。そんなの一般登山者と変わらないではないか。
それにさぁ、「ゴロさんの病状は3時間が山」、「救助隊が到着するのに2時間かかる」→「間に合わないから担いで下ろす」という論法はどうも・・・急に安物のパニック映画みたいになってしまったな。人間の命はそんなキッチンタイマーをセットしたようにきっちりと動くモノではない。あ、バーティカル・リミットもそんな設定だったっけ。
で、担いで降ろすわけだが、この時の蒼井優が装備をかき集めるシーンは良かった。手持ちカメラで撮影したのか、手ブレがバリバリに入っている映像なのだが、それが妙にリアル感たっぷりだったし、その場の緊迫感が伝わる良いシーンだった。
しかし。脳梗塞で倒れた人をあんなに激しく動かして良いのか?
担がれる人は動かないので同じ気温でも寒い。つまりゴロさんをあのウエアで担ぐとたいへんヤバい。凍死するぞ?
ゴロさん脳梗塞の割には喋りすぎ。
あそこはクライムダウンではなく、懸垂下降した方が良いのでは?
稜線上は視界があったのだから、まずはヘリを飛ばすことを検討すべきでは?
ツッコミどころ満載である。やっぱ木村監督、こういうハッタリが必要なシークエンスは下手だ。
ま、いいか。ゴロさんも助かったし。
そもそもこの映画の真のクライマックスは蒼井優の告白シーンなので、この救助シーンはオマケだと思えば。
初めて小屋に入る松山ケンイチが雷鳥沢キャンプ場の管理小屋から出発するシーン。
おいおい、道が違うよ。そこに歩いていっても3mほどの崖から浄土川に落ちるだけだぞ。
(映画館で思わず、「おいおい道が違うぞ」と口に出してしまった)
蒼井優が単独で救助に向かうシーン。
「近くの沢に遭難者」って、大汝のどの近くに沢があると??(これも思わず口に出した)
おおめし君の遭難シークエンス。
いくらなんでもこっそり小屋を出発した登山者の事故に松山君が責任を感じる必要はなかろうよ。
ゴロさんもそこは「同じ失敗を繰り返さなきゃいいんだよ」って、これを失敗と言っちゃムチャでしょうよ。
そもそもムチャして出て行った上に、嵐の中で携帯で通話しながら歩いていたら滑落して当たり前。
ヘリで荷揚げする経済的裏付けもない小屋が、個室を増設してどうするつもりだ?
冒頭の少年時代の主人公とお父さんが小屋に辿り着いたシーン。
小屋の中が雪と氷でバリバリになっていたが、普通はああはならん。小屋のどこかが破れていて雪が内部に入り込んでしまった時にはああなるが、それなら親父(小林薫)は平然としてないでまず破損箇所を探せ。
ま、ツッコミどころも多々あるわけで。
・・・となれば、あのラストシーンにも触れないわけにはいくまい・・・
あれはねー、あんまりだよ?
あの直前は本当に良いシーンだったんだよ。松山ケンイチと蒼井優が手を取り合って笑っているけれど、ちょっと遠くて何を喋っているかは聞こえないっていうあのシーン。あれは良いシーンだったよ。
良いなぁ〜と思いながら見ていたら、なんだよあれは。なんなんだよあのグルグルは。
あの瞬間、スター・ウォーズのエピソード2のアナキンとパドメのゴロゴロを思い出してしまったよ。あれは劇場で失笑が漏れたところだぞ。俺もあのシーンを見た瞬間、(ジョージ・ルーカスってもしかしてまだ童貞か?)と思ってしまったわ。
このラストシーンは、それと良い勝負の「失笑が漏れるシーン」だった。ほんと、全てをぶち壊しかねない破壊力を持つ絵なので、今後は気をつけてください。
あれかね、70も過ぎると幼児返りするの?
ブルーレイ&DVD発売の際には、あのラストシーンをカットしたバージョンも用意していただきたい。