平成15年4月29日 中山

9:10 馬場島登山口出発 
10:30-11:00 中山頂上 
12:45 登山口着
  2.5万図 「剣岳」

 その日は午後から仕事だったので午前中に帰ってくるつもりで朝8時に自宅を出発した。
 ところがこれが最初っからケチのつき通しで・・・
 まず、上市の役場も過ぎてスーパー農道の交差点に来た時点でシューズを忘れたことに気づいた。「な〜んで靴なんて忘れるかな〜」とぼやきながら引き返す。
 余談だが大学時代、登山靴を忘れて運動靴のままで11月末の御岳に登った先輩がいた。「俺は運動靴だからな。お前らしっかりステップを作れよ」なんて言いながら列の真ん中を歩き、頂上近くではピッケルでステップを切りながら登頂してしまった。少し吹雪はしたが天候もそれほど悪くなかったので凍傷も作らず(足が冷て〜と喚いてはいたが)無事下山できてしまった。
 まあ、とても真似する勇気はないので素直に家に帰り、靴を取ってくる。
 その時、「どうせここまで帰ってきたのなら、いつもと違うルートで馬場島に」とふと思いついてしまった。いつもは上市川から山を越えて早月川に出るルートで馬場島に入っているのだが、魚津市から早月川沿いに馬場島に入ってみようと。
 で、国道8号線に出て滑川に出て、「箕輪テニス村」の標識を右折、馬場島へと向かう。
 と・こ・ろ・が・・・なんと工事中で通行止め。それも箕輪テニス村の奥である。しかも祝日だというのに工事をやっている。
 「ついてね〜」とかぼやきながら引き返すハメに。
 結局、スーパー農道に出て上市川沿いのルートで馬場島に入る。
 そんなこんなで、8時半には歩き出せると思っていたのが、9時を回ってしまっていた。

 登り始めてすぐの台地あたりから雪が出てきた。夏道は斜面の端の尾根上にあるようだが(実は中山に登るのは初めて)、雪があれば適当な斜面を登った方が楽なのでガンガン高度を上げる。
 傾斜はかなり急で、キックステップも駆使したし買ったばかりのピッケルも出した。カミさんは「使いもしない物を買って・・・」と冷ややかだったが、ほ〜ら、ちゃんと役に立ってるじゃ〜ん、と上機嫌だった。(後にもっと役に立つことに・・・)
 北斜面の午前中とあって、雪も結構締まっていてキックステップでも爪先しか入らない部分もあって、すこぶる快適。下る頃には雪も緩んで、この斜面だったら5分でガーってかっ飛ばせるよね、とすこぶる上機嫌。(そうはいかなかった・・・)
 斜面を登りきり、主稜線に出てぽくぽくと歩けば中山頂上到着。

中山山頂より剣岳

中山頂上から剣岳

 中山頂上からの展望は素晴らしかった。ここから見る剣は「巨大」の一言である。早月尾根が登山口から頂上まで一望できるので、「うぇ〜、これを登るのぉ?」とげんなりするほど。剣は学生時代からさんざ遊んだ山だけど、早月からは登ったことがない。今年は行ってみようと思っているのだが、これを見てしまうと気が萎える。
 また、ブナクラ谷から毛勝三山も綺麗に見えて、やはり今年行きたいなと思っているのでよく見ておいた。「あ〜、ブナクラ谷、長そうだな〜」とは思ったが、なぜか尾根と違って谷はいくら長くてもあまりげんなりはしない。
 頂上には他に数パーティーいて、それぞれお茶を飲みながら歓談していた。
 登りに約1時間半かかってその大部分が雪面だったから、下りはまず30分はかかるまい、と踏んで私も11時くらいまで頂上にいた。11時半に下山できれば余裕で仕事に間に合うものね。午前中だけのつもりだったので、食料はカロリーメイトが1箱にお茶が500mlだけだった。頂上ではカロリーメイトには手を着けず、お茶を飲んだだけ。

 で、問題の下山である。
 夏道の急傾斜の下降って、膝に負担がかかるのであまり好きではないのだが、雪面の下降は大好きなのである。それも急なら急ほど良い。
 「さぁ〜、かっ飛ばすぞぉ〜」とウキウキしながら下山開始。
 と・こ・ろ・が・・・雪山下降のごく初歩的な罠にどっぷりと嵌ってしまう。
 夏山ではそんなことはないのだが、雪山だと30分かかった登りを5分で駆け下りるなんてことはザラで、すなわち距離感が甚だしく狂う。まして登りのためのステップを崩しちゃ悪いからとわざとトレースを外してかっ飛んでいるのでなおさら。つまり、主稜線から支尾根への分岐点を見失ってしまったのであった。
 というか、「ありゃ?」と思った時点で既にかなり下りすぎていた。
 地図を出して見てみると、既に1085の標高点も行き過ぎてしまったようで、馬場島発電所の導水管の方が近い、という地点まで下ってしまっていた。

 さて、どうしよう。
 この時、基本中の基本の「正しいルートまで戻る」という選択肢はあまり頭になかった。もちろん真っ先に頭に浮かんだものの、かっ飛んできた尾根を見上げてあっさりパス。登り返す気はしなかった。
 2番目の選択肢、このまま導水管まで降りてしまう。ちょっと降りてみると尾根上に明瞭な踏み跡があって、おそらく導水管の上までは続いていると思われた。でも、導水管の上部で終わっていたら延々と藪こぎせねばならないし、下った後で車道を車まで登り返すのも嫌だったのでこれもパス。
 というわけで残る選択肢、「斜面を適当にトラバース&下降しながら正規ルートに戻る」を選択。雪がたくさん残っていれば楽だし、ということでさっそくブッシュに突っ込む。

 突っ込んでみたらば、そこはかなりの急斜面。地図上ではたいして起伏のない一枚の斜面に見えるが、実際は小さな尾根と谷が際限なく続く斜面だった。尾根には雪はなくブッシュ、谷には雪がつくという感じ。雪がついていない谷の斜面はザレた急斜面で、とても行動できる代物ではない。ここを降りるならザイル出して懸垂下降、って感じ。
 従って、雪渓を拾って下降し、行き詰まったら尾根を拾って下降しながら次の谷へ、という感じで行くことにする。

 雪渓の上は急斜面でもたいして問題はないのだが、雪渓から尾根を拾うあたりが傾斜が強い上に木が全部下向きに生えているので、けっこうな重労働。
 2〜3本尾根を拾ったあたりで腹が減ったのでカロリーメイトを食べたのだが、2本残し、お茶も少し残しておいたのは、無意識のうちに「非常事態宣言」を出していたのかな?

 その「問題がなかった」雪渓上で大ポカをやらかした。
 雪面のすぐ下に笹が埋まっていて、それをモロに踏んでしまい派手に大転倒をしてしまった。滑り始めたら絶対止まらない傾斜だったので瞬間かなり焦ったが、きちんと滑落停止で止めた。1mほどずり落ちただけで止まった。
 ただ、問題は素手だったこと。ピッケルのブレードで右手の掌をザックリとやってしまった。「ピッケルを持つ時はいかなる時でもグローブを」というのは基本中の基本なのだが・・・
 ま、仕事で解剖中に「解剖刀を持つ時はいかなる時でもアンチカットグローブを」という基本を怠って、危うく左手の親指を切り飛ばしてしまうところだったのはつい去年のことだけど。あまり学習してないんだね。

ピッケルで掌をザックリ

 

ピッケルでザックリやった掌。
1週間経っているのでだいぶ塞がっている。


解剖刀で親指をスッパリ


 

こちらは解剖刀で左手親指をスッパリやった時の傷。
6針縫った。


 

 「買ったばかりなのに"血染めのピッケル"になってしもたぁ」とかぼやきながら下降を続行。
 尾根上にはかなり明瞭な踏み跡がある。でも、傾斜といい木の枝の張り具合といい、絶対に「人間の踏み跡」ではない。いわゆる「獣道」。
 それでも踏み跡があるだけけっこう助かる。適当に踏み跡を拾いながら下降。
 道の上にかなり頻繁に糞がある。一見カモシカの糞か?という具合なのだけど、カモシカにしては糞の1粒1粒が大きいし、第一カモシカの糞場は決まっていて、こうも道端に頻繁に出てくるはずはないのだが・・・(一応、カモシカは「専門家」)
 もしかしたらシカがいるのか?でも、シカはこのあたりにはいないはずなのだけど・・・でも城前でシカを撃った人もいるし、最近は富山にもシカが出現しているのかもしれない。
 そういえばこのあたり、やたらと獣臭い。山でこんなに濃密に獣の臭いを嗅ぐのは久しぶりなのでちょっとワクワクする。
 あっちの尾根あたりでさっきからガサゴソ音がしている。これは何かいるぞ、とワクワクしながら雪渓をトラバースし、尾根の上に攀じ登ると・・・
 そこにクマがいた。
 15mほどの距離でいきなり目と目が合ってしまった。体長1mほどの小さなクマ。おそらく親離れして1人立ちしたばかりくらいかなぁ。
 クマは私と目が合った一瞬後、脱兎のごとく斜面を転がるように逃げていった。あれは斜面を「降りる」というよりは「落ちていった」と言った方が適切な表現か。

 しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたが、はっと我に返って慌てて地図を出した。
 実はそのほんの2日前、4/27に子供を連れて馬場島までドライブに出かけた時にクマを見ていたのだ。中山登山口から1本カーブを曲がった車道で、猟師が鉄砲持ってウロウロしていたので斜面を双眼鏡で捜すとクマがいた。その時も「可愛らしいクマだなぁ」と思ったので、大きさはぴったりである。
 その時は1人目の猟師は「小さいから撃たない」とか言って去ってしまったが、そのうち2人目がやってきて彼は撃った。でも、距離が300mくらい離れていたのでどうも当たらなかったようで(当たったらゴルゴ13になれるぞ)、クマは一目散に斜面を駆け上がって逃げていった。
 地図を見ると、その時クマがいた場所と、水平距離で1kmも離れていない。というか現在位置が正確には判らないのだが(判れば苦労するか)、あの時のクマの位置からどう多く見積もっても半径1kmの円に入る位置のはず。しかしたら500m以内かも。
 ということは、間違いなく今のクマは一昨日のあのクマだぁ。
 そうかぁ、弾がどこかに当たって怪我でもしていないかと心配していたんだけど、無事だったんだぁ。と他人の無事に安堵している立場でもないのを忘れてほ〜っとしていた。
 それにしても、一昨日は車道から丸見えの場所で呑気にエサなんか食っていたし、鉄砲撃たれて初めて仰天して逃げ出していたし、今日も15mの距離で鉢合わせするまでこちらの存在にも気づかなかったみたいだし、まだ若くて経験不足なんだろうなぁ、まだまだ修行が足りんよ、そんなこっちゃ生き残れないよ、と思ってしまったが、他人の甘さを批判できる立場になかったのも言うまでもない。

27日に見たクマ

 

右の写真が27日に見たクマである。
光学3倍ズームのデジカメで、デジタルズームまでフルに伸ばして撮った写真。


 

 その後、だんだん正規ルートに近づくにつれて、傾斜は緩くなっていったのだがその分ヤブも酷くなってきた。クマザサが出てくるとちょっと突入する気にはなれないので、雪面を捜して彷徨うハメになる。
 ようやく正規ルートと合流した地点は、まさに登山口まで5分の地点だった。
 ちょうど合流したところに下山中のパーティーがいて、あらぬ方向から傷だらけで現れた私を訝しげに見ていたので(Tシャツでヤブこぎしていた)、「ちょっとヤブこぎの練習を」などと誤魔化してしまった。(誤魔化せてない)
 クマを見たことを話すと、「今日はついていましたね〜」と言われたが、道を間違えたのと掌を怪我したのを「単なるヘボ」と割り切れば、そう言えるかもしれない。確かに「単なるヘボ」以外の何物でもないし。

 しかし中山にいるのがシカかカモシカか、ということについては、この目で確認せねばなるまい。

 

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