山での食事2

ペミカン物語

 大学山岳部や社会人山岳会等の組織に属していて冬山をやっていた、とう人はおそらく全員がペミカンという食物を知っているだろう。
 ご存じない方のために簡単に解説すると、主に肉を長期保存するために処理したもので、作り方は肉とタマネギ等の野菜類をラードで炒め、最後にラードでコテコテに固めてしまう、というものである。
 使い方は、お湯でペミカンを融かすと「油でギトギトの肉汁」ができるので、そこに味噌を入れれば豚汁、カレーを入れればカレー、という具合になんでもできちゃうわけである。例えば1週間の山行だったらペミカンを6セット用意し、カレー粉や味噌などをそれぞれ担ぎ上がれば、1週間の楽しい夕食は約束されたようなものである。
 ・・・・ほんとにぃ?

 このペミカン、かなり手強い代物である。なんてったってラードで固めてあるのである。要するにラードで封入することによって真空パックしているような状態をつくりだし、腐敗を防いでいるわけである。
 従って、具材に対する油の量が圧倒的である。コッヘルの中で融かすと、油の中に肉が浮いている状態になってしまう。こんな状態であるから、そこを出発点として作るメニューの幅も、それなりにけっこう限られてくる。

 カレーやシチューはまだ良い。すっごく脂っこくてくどい食べ物になってしまうが、ちゃんと食えるものになる。というか、山では毎日オーバーワークの限りを尽くしているので、これくらいコテコテのものでないと食った気にならん、ということもある。
 ただ、ビーフシチューを食おうと牛肉でペミカンを作ったことがあるが、あれは失敗だった。牛の肉と豚の油は合わ〜ん!
 鶏肉のペミカンも試したが結果は同じ。合わないと言うより豚の脂(ラード)の味や香りがきつすぎて、他の肉を使うとそこだけ味が混ざってへん〜なんである。

 豚汁は少し苦しい。
 普通にペミカンを溶かしてつくると油がきつすぎる。でもまあゴボウを山ほど入れればなんとか誤魔化せる。

 粕汁は辛かった。
 油がギトギト浮いた粕汁・・・かなり辛い。
 むろんコッヘルでペミカンを融かす時、少し長時間炒めて油を飛ばせばかなり改善される。が、ひとつ間違えば何がどうする冬山である。貴重なエネルギー源である油を飛ばしてしまうのは、本能的に非常に抵抗があった。それに飛んだ油がテントの内壁にギトギトこびりつき、高価なゴアテックスのテントをほぼ終わらせてしまったのは少々痛かった。

 私達はこうやって「料理のベース」としてペミカンを利用していたので、ペミカンを作る時味付けは基本的にしていなかった。せいぜいコショウをふっておくくらいだった。
 ただ、よその山岳部などと話をしていると、どうもそういうものばかりではないらしい。
 某大学の山岳部では、ペミカンにしっかり塩で味を付けるらしい。冬山に入るとそれを融かすだけの「ペミカン汁」ばかりらしい・・・げっそり。
 「つくるのが面倒だったりビバークの時はそのままペミカン囓ってもいけますよぉ」なんだそうな。

 夏山にペミカンを持ってきたパーティーも見たことがある。融けていた・・・どろどろになっていたあれを、あのパーティーはどう料理したのだろう・・・
 まあ考えてみれば、ペミカンの「保存食」としての本領は夏にこそ発揮されるものかもしれない。冬山ではどのみち1週間程度ではそうは腐らないからである。しかし、ラードが融けてしまっては「密封状態」にはならないと思うのだが・・・

 一度塩を忘れてしまったことがあったが、豚汁は良かったがシチューは不味かった。カレーも意外に辛かった。
 ちなみに豚汁は味噌なんぞは持っていかず、インスタント味噌汁で作るのである。
 カミさんがつい最近、茹でたスパゲティとタラコふりかけでタラコスパゲティを作ってみたが、まあそういうものである。

 ちなみに我が山岳部の必出メニューは、塩で味を付けたペミカンにコンソメの素を入れるだけの「ペミカンコンソメスープ」だった。下界で一度作ってみたが、この世のものとは思えないほど不味かった。あんなものをガツガツ食っていたとは、冬山登山のエネルギー消費の激しさが判ろうというものである。

緑色の肉

 それでは夏山にはどうやって肉を持ち込むのかというと、たいていは凍らせた肉をベースキャンプ(真砂沢)に着くやいなや雪渓の中に埋め込むという単純な方法で保存していた。
 ただ、フリーザーから出してから雷鳥沢なり真砂沢なりの雪渓に突っ込むまで、どうしたって7〜8時間はかかる。その間にも腐敗は進行している。
 さらに毎日少しずつ肉を取り出して使うのであるが、そうすると毎日少しずつ変色していくのが判った。
 肉が完全に緑色になってしまうと、まず臭いで普通の料理にはとても使えない。口をしっかり縛っているのに、雪渓から掘り起こした瞬間、もうかなり激しい臭いがするのである。
 仕方がないのでそういう肉はカレーにした。コショウを山ほどふりかけ、香辛料の臭いで少しでも肉の臭いを消そうという儚い抵抗だったが、やはりそれでも臭かった。
 そんなカレーを食っても誰も腹をこわさなかったのはさすがである。

 真砂沢のテントサイトのそばの雪渓は、各大学が持ち込んだ肉類の冷蔵庫があちこちに林立していた。ほっといてもよその大学の食料を取るやつなんて誰もいなかったので、各冷蔵庫には札が掲げてあるわけでもなく無造作なものであった。
 が、雪渓が崩壊して食料をごっそりロストしたやつらはいた。


 

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