山の怖〜い話

 最初に断っておくが、私は霊感ゼロ である。身内に霊感が強い人間もいない。
 まあそもそも信じていないからだろう。こういう仕事をしていて動物ではあるがほとんど毎日のように死を見ていて、時には自らその死をもたらしている訳なので、かなりドライな死生観を持たざるを得ない。

 友人には何人か「霊感が強い」という人がいる。でも「ほんとかな?」と思うんである。
 疑い検証し、分析するのが仕事なので、そういう他人の「霊体験」についても、それって客観的にほんとに霊体験なのか?と疑ってしまう。

 ま、話としては怖くて興味深い話はたくさんあるのだが、人から聞いた話は「おお、怖い!」と思ってもすぐ忘れてしまう。
 単独で誰もいないへんぴな山で幕営するときなど、けっこういろんな声は聞くんである。がやがやと何かを話し合っているような声、お経をあげるような声はしょっちゅう聞いていた。風がざわざわとざわめく音や沢の音、いろんな音が「人の声」に聞こえてしまうのである。

 ま、そんな声に、空耳だと判っていても怯えてしまう(実際、かなり怖い)ことを思えば、混んだテント場で宴会の声で眠れないなんてのはかなり贅沢な悩みである。人の声と判っている人の声が聞こえるなんてなんて安らかなんだ。
 怖さの質は違うが、幕営中に近くで大型動物の物音がするのもかなり怖い。これも2人になるとたいていの物音はまったく問題ないのだが、1人になると些細な物音がけっこう怖かったりする。学生時代に白山の沢に1人で入っていてビバークしていたとき、夜中に斜面の上の方から突然大きな動物が駆け下りてくる派手な音を聞いたときはかなりびびった。たぶんカモシカだと思うのだが、ツェルトの中に入っていて音しか聞いていないので正体は判らずじまいである。
 ま、それに比べればテン場で隣のテントのヒソヒソ声が気になって眠れない、なんてのはかなり贅沢な悩みだな、やっぱり。

 そんな私でも、1つだけこの世のものとはどうしても思えない声を聞いたことがある。唯一の「霊体験」になるのかな。

 それは3月の穂高であった。中崎尾根から槍ヶ岳に登ろうと入山した私たち2人のパーティーは、その日の宿を滝谷避難小屋に取った。
 いや、実際この滝谷避難小屋、有名な北ア随一の心霊スポットである。だいたい穂高の岐阜県側が、あれだけ明るく華やかな長野県側とは一転して陰々滅々とした雰囲気なのに、この滝谷出合い周辺はその岐阜県側の中でも飛びっきり陰々滅々としている。いや、見る人が見ればこの滝谷出合い周辺から漂う霊気が、穂高の岐阜県側全体の雰囲気を陰気なものにしているのかもしれない。
 ま、滝谷という北ア全体の中でも剱岳と二分する死者を多く出しているエリアである。ましてこの滝谷避難小屋は遭難者の遺体の一時安置所になることも多く、滝谷出合いで荼毘に付される遺体も多い。心霊スポットとして恐れられても当然である。

 そんな避難小屋に泊まったのは、まあ要するに2人とも霊感がない、言い換えれば信じていなかったからである。
 そんな我々でもこの避難小屋の周囲に漂う陰気な空気は嫌でも感じていたわけだが、明日の行程も長いしさっさと飯を食って寝たわけである。

 それがまた出来すぎなのだが、その夜は妙に気温が高かった。というか蒸し暑かった。3月だというのに、私はシュラフのジッパーを開けて足を出して寝ていたのだった。
 そのうち、例によってざわざわとなにやら人の声のような音が聞こえてきた。まあそのくらいはいつものことだし、場所が場所なので不気味な気はしていたが、それでもなんとか眠ろうとしていた。人の話し声のような音は風とか雪が落ちたり緩む音とか、いろいろな音がそう聞こえるのである。
 そのうち今度はがちゃがちゃと金物をかき回すような音が聞こえてきた。だんだん意識が冴えてくるんである。じっと集中して聞いていると、カラビナの束をぶら下げて歩いているときにそっくりな音である。何を話しているのかは聞き取れないが、まだ人の話し声のような音も聞こえる。

 さっきから暑くてたまらないのだが、シュラフから出たくないという気持ちがほとんど強迫観念のようだった。シュラフから出るどころか動く気になれないのである。こちらが物音を立てたら何かに気づかれてしまうみたいな気持ちだったのだろうか。
 でも、汗をかいているしシュラフのジッパーを開けなければ。この不気味な物音は気のせい、と自分に言い聞かせてシュラフのジッパーを開けようとしたまさにその瞬間、唐突にその声が聞こえた。

 「俺のアイゼンは〜?」

 ・・・これがまたはっきり、聞き間違いとか気のせいとか考える余地を許さないほど明瞭にはっきりと大きく聞こえたのだ。
 それも今思い出しても嫌な気持ちになるような、なんとも言えず虚ろな嫌〜な響きで。
 思わず反射的にガバッと飛び起きたのだが、相棒も同時に飛び起きた。やはり眠れず物音に怯えていたところ、この声を聞いたらしい。
 時計を見れば午前2時。近くに別のパーティーなんて・・・いないだろうなぁ・・・
 もうその夜は一睡もできず、翌日明るくなると同時に行動を開始したのだが、やはりというかなんというか、小屋の周囲に別のパーティーの痕跡はまったくなかった。
 中崎尾根を登るものの、寝不足で深雪のラッセルはきつく、奥丸山周辺で時間切れとなってしまい、翌日から天候も悪化したので敗退ということになってしまった。
 帰路、夕方にまた滝谷避難小屋の前を通ったのだが、さすがに再びこの小屋に泊まる気にはなれず、暗くなった道を穂高平まで下りてきたのだった。

 でも、その翌年にはやっぱりまた5月に滝谷避難小屋、泊まったんだけどね。

 ほんとに嫌〜な虚ろな響きの声だった。

 

 

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