防水透湿性生地の透湿性能比較実験
H19.05.17 New
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<はじめに>
このサイトの「登山用具メーカーのカタログを読む」のカテゴリーの「基礎知識編 ゴアテックスについて」のページで、ゴアテックスなどの防水透湿性素材の透湿性能を測定する方法が複数あり、ゴアテックスとその他の素材の透湿性能表示が異なる方法を用いて測定された数値であるために、その数値を単純に比較するわけにはいかないことを述べた。
具体的には、ほとんどゴアテックスのみがJIS
L-1099B-2法ほ用いた数値を表示し、その他のほとんどの防水透湿性素材はJIS
L-1099B-1法を用いた数値が表示されている。B-1法とB-2法では、B-1法の方が数値が高く出ることが予想されるため、数値が同じならゴアテックスの方が性能が高い、という推測になっていたわけだが、それなら同じ規格で試験した数値を表示してくれ、と思うのも当然である。ゴアテックス社だけB-2法で、他の素材がほぼ全てB-1法での数値しか表示しないというのは、ゴアテックス社の陰謀ではないかと勘ぐりたくなるのも無理からぬ話で、それなら自分で試験してみようと思っていた次第である。
試験は基本的にJIS法と同じく、「被検生地を通過させた水蒸気を吸湿剤に吸収させ、その吸収剤の重量差を測定する」のが確実かつほとんど唯一の有効な手法に思われたが、JIS法は水温や容器の大きさ等が厳密に決められており、また特殊な補助シートを用いる試験条件のため、JIS法そのもので試験を行うことは不可能である。
そのため、厳密な透湿性能を測定することは不可能であるが、条件を揃えれば素材間の性能を比較することは可能だと考えられた。
そこで今回、透湿性能測定法について考案し、各素材を測定・比較したデータを紹介する。
<材料及び方法>
[被検材料]
被検材料は表1のとおりである。
素材名 |
レイヤー |
製品名(メーカー) |
カタログ性能値 |
JIS規格 |
由来 |
ゴアテックス |
3 |
ダイナアクションパーカ(モンベル) |
13,500g/m2/24h |
1099B-2 |
自己所有 |
ゴアテックスパックライト |
2.5 |
トレントフライヤーパンツ(モンベル) |
13,500g/m2/24h |
1099B-2 |
滋賀のTさんより借用 |
ゴアテックス+シンサレート |
2 |
ドロワットパーカ(モンベル) |
13,500g/m2/24h |
1099B-2 |
町内の昴酒造さんより借用 |
ゴアテックスXCR |
3 |
レインテックス(TNF) |
13,500g/m2/24h |
1099B-2 |
神奈川のHさんより借用 |
ゴアテックスXCR |
3 |
A.K. GORETEX XCR(BURTON) |
13,500g/m2/24h |
1099B-2 |
千葉のTさんより借用 |
H2NO |
3 |
グレードIVジャケット(パタゴニア) |
表記なし |
表記なし |
町内の昴酒造さんより借用 |
H2NO |
2.5 |
ジェットストリームジャケット(パタゴニア) |
表記なし |
表記なし |
自己所有 |
ブリーズドライテック |
3 |
レイントレッカージャケット(モンベル) |
15,000g/m2/24h |
1099B-1 |
岐阜のTさんより借用 |
ブリーズドライテック |
2 |
B-ドライテック ULスリーピングバッグカバー |
15,000g/m2/24h |
1099B-1 |
大阪のMさんより借用 |
ドライライトテック |
2.5 |
バーサライトパンツ(モンベル) |
12,000g/m2/24h |
1099B-1 |
自己所有 |
ベルグテックEX |
3 |
ベルグテックEXレインジャケット(ミズノ) |
16,000g/m2/24 |
1099B-1 |
町内の昴酒造さんより借用 |
ハイベント-D |
2.5 |
ドットショットジャケット(TNF) |
表記なし |
表記なし |
滋賀のTさんより借用 |
スーパーハイドロブリーズ |
2 |
S.HDBRクレッパーJr(モンベル) |
15,000g/m2/24h |
1099-B1 |
自己所有 |
DiAPLEX |
2 |
DiAPLEX レインジャケット |
30,000g/m2/24h(最大時) |
|
大阪のKさんより借用 |
[実験器具及び消耗品]
主要な実験器具及び消耗品は右写真及び下記のとおり。
実験器具及び消耗品 |
1.電子天秤 ・・・小数点3桁(mg)まで測定可能なもの。
2.恒温槽 ・・・ウォーターバス
3.シリカゲル・・・吸湿剤
4.容 器・・・ポリエチレン製、蓋付き
[方法 method_1]
写真1 |
写真2 |
写真3 |
写真5 |
2.蓋をした状態で、電子天秤にて重量を測定する。
3.容器の蓋を外し、被検生地の裏地を表にして容器に被せる。
(右写真1)
生地はゴムバンドで容器に装着する。
4.恒温槽に有窓の蓋をし(右写真2)、窓部分に容器を伏せる。
(右写真3)
5.恒温槽の水温は80℃、測定時間は15分。窓の直径は7.5cm。
6.透湿が終わった容器は直ちに被検生地を取り外し、蓋をする。
7.蓋をした状態で、電子天秤にて重量を測定する。
[方法 method_2]
3まではmethod_1と同じ。
4.恒温槽中にスライドグラスラックを入れ、その上に容器を伏せて置く。
(写真5)
容器の先端のみが水中に浸かるように水深を設定。
5.恒温槽の水温は50℃、測定時間は15分、容器の直径は8.7cm。
6以降はmethod_1に同じ。
method_1,2とも、試験前後での重量差を、「試験中に被検生地を通過した水蒸気の量」とし、/m2/24hに換算した。
参考データとして、透湿性はほぼ無限大であると思われる多孔性の紙(商品名キムタオル)をmethod_1にて試験したところ、透湿前後での重量差は2.8gであり、換算すると約15,000g/m2/24hであった。
これは、水温80℃の条件での水蒸気の発生量に近似しているものと考えられた。
なお、method_1,2とも、透湿中はおよそ5分ごとに容器を軽く振り、容器内のシリカゲルの吸湿具合が一定になるようにした。
<成 績>
成績は以下の表のとおり。
素材 |
レイヤー |
製品名 |
method_1 |
method_2 |
ゴアテックス |
3 |
ダイナアクションパーカ(モンベル) |
12,202 |
12,479 |
ゴアテックスパックライト |
2.5 |
トレントフライヤーパンツ(モンベル) |
11,017 |
10,039 |
ゴアテックスXCR |
3 |
レインテックス(TNF) |
10,974 |
11,115 |
ゴアテックスXCR |
3 |
A.K. GORETEX XCR (BURTON) |
9,658 |
6,990 |
ゴアテックス+シンサレート |
2 |
ドロワットパーカ(モンベル) |
9,860 |
NT |
ブリーズドライテック |
3 |
レイントレッカージャケット(モンベル) |
11,794 |
6,952 |
ブリーズドライテック |
2 |
UL.スリーピングバッグカバー(モンベル) |
13,354 |
6,870 |
DiAPLEX |
2 |
DiAPLEX レインジャケット(フェニックス) |
10,702 |
12,572 |
H2NO |
3 |
グレードIVジャケット(パタゴニア) |
11,849 |
7,968 |
H2NO |
2.5 |
ジェットストリームジャケット(パタゴニア) |
10,925 |
8,262 |
ドライライトテック |
2.5 |
バーサライトパンツ(モンベル) |
8,930 |
4,848 |
スーパーハイドロブリーズ |
2 |
S.HDBRクレッパーJr(モンベル) |
11,811 |
8,821 |
ハイベント-D |
2.5 |
ドットショットジャケット(TNF) |
11,963 |
12,762 |
ベルグテックEX |
3 |
ベルグテックEXレインウエア(ミズノ) |
9,213 |
9,870 |
method_1では実験後、裏地が結露していたり湿っているものはなく、全てドライな状態を保っていた。
透湿後は被検生地を取り除き、素早く蓋を閉めて重量を測定したが、その際にシリカゲルに吸収され切っていない水蒸気が漏出してしまうことは十分考えられた。また、透湿後の重量は時間と共に増加したが、これは生地を通過したがシリカゲルにまだ吸収されていない水蒸気が、透湿終了後もシリカゲルに吸収され続けているためと考えられた。重量増加はおおよそ3分で0.05gほどであり、今回の実験での測定は、透湿終了後3分経過した時点で行った。
透湿後重量測定後に蓋を開けると、なおまだ吸収されきっていなかった水蒸気が容器内に存在したが、この水蒸気の重量は多くとも0.1g以下と考えられるため、測定誤差の範囲内として無視した。
method_2では、ハイベント-Dを使用するドットショットジャケットのみが、実験終了後に表地(容器の内側)が極度に湿った、いわば「濡れた」状態になっていたが、その他の検体では全て乾燥した状態だった。
<考 察>
論文調の書き方に疲れたので、ここからいつもの文体に戻す。
1.実験の精度について
成績で書いたように、シリカゲルが吸収しきっていない水蒸気があったりと、それほど精度の高い実験ではないのではあるが、それでもゴアテックスの透湿性がカタログ値13,500g/m2/24hであるのに対し、実験からの換算値がおおよそ12,000g/m2/24hと、かなり良い線いっているのではないかと思われる。
また、成績には書いていないが、ブリーズドライテック3レイヤーのウエアはレイントレッカーパンツを町内の昴酒造さんに借りていたので、method_2ではそちらも測定してみたところ、岐阜のTさんより借用したレイントレッカージャケットでの重量差1.279gに対しレイントレッカーパンツでは1.271gと、1000分の8gしか差が生じなかった。
さらにほとんどの素材で複数回試験を実施しているが、試験毎のバラツキは全て0.05g以下だった。これはg/m2/24hの単位に換算すると、約300g弱となる。つまり今回の実験の「測定誤差」は多めに見積もっても500g/m2/24以下だということになる。
すなわち、この実験方法は非常に再現性が高い、ということは言える。
2.素材ごとの性能について
まずゴアテックスであるが、以前ゴアテックスとXCRは実は同じ素材だという推測をしたが、やはり予想どおりゴアテックスとゴアテックスXCRには差がなかった。というか、今回の実験ではむしろゴアテックスの方が良い成績である。
ただこの3着のゴアテックス(orXCR)のウエアは生地の厚さが異なっており、最も薄手の生地を使ったダイナアクションパーカが最も良く、厚手の生地を使ったBURTONが最も劣る結果となったことは、この実験方法では生地の厚さが成績に影響を与える可能性がある、とは考えられる。
もっとも、JISの透湿性試験も「生地(ファブリック)」の状態で行うので、ましてXCRはファブリックの状態でも一定以上の透湿性能がなくてはならないのだが・・・
ゴアテックスの2.5レイヤーであるゴアテックスパックライトも、他のゴアテックスと性能値には有意な差はなかった。
また、ドロワットパーカなどの中綿入りあるいは裏地が起毛地などのゴアテックスウエアにXCRタグが付かない理由は、中綿や起毛地が抵抗になって透湿性能が下がるからだという推測もしたが、ドロワットパーカの測定値はその推測を裏付ける結果となった。
とはいえ、堂々とXCRタグが付いているバートンのジャケットがほとんど同じ測定値、というのは解せないが。
ドライテック系は、ドライライトテックがかなり情けない結果だった。何回やってもこのくらいの数値で安定しているので、少なくともこの実験条件ではこのくらいの透湿性能しか発揮できない、というのは事実なのだろう。
それに対し、ブリーズドライテックはmethod_1では最も良好な成績を出した。method_2ではmethod_1から50%近くも成績が低下してしまった。
DiAPLEXは、method_1でも十分良い数値を出したが、method_2では最も良好な成績だった。method_2ではほとんどの検体がmethod_1より数値を落としている中、大幅に数値が上がったのはDiAPLEXだけだった。
これはDiAPLEXが温度によって透湿性能が可変する、という性質と関係があるかもしれない。method_1では水温は80℃であるが、検体は水面から5cm以上離れたところに設置するので、生地表面の温度はそれほど上がらないのに対し、method_2では50℃に設定した水中に検体を浸けるので、生地表面の温度は約50℃に達し、明らかにmethod_1より高温になるからである。
スーパーハイドロブリーズは、意外なほど良好な成績だった。なんとゴアテックスXCRのレインテックスより8%も高い数値を出した。
スーパーハイドロブリーズと並んで意外なほどの高性能値を示したのがハイベント-Dである。なんとmethod_2ではチャンピオンデータである。
ただ気になったのが、method_2で唯一、表地(容器の内側に面した面)が実験終了後に濡れていた点である。表地の濡れは容器の外側にまで広がっていたので、これはどう見ても「透湿性能が良すぎて表地が湿りすぎてしまった」のではなく、単に濡れた、という感じである。濡れればシリカゲルはその水を吸って重くなるから、測定値は上がりまくるのが道理で、なのでこのmethod_2の値は参考値である。
たいして圧はかかっていないはずなので、この程度で浸水するはずがないのだが・・・
この手の廉価なウレタンコーティング系の素材は意外に良いのかも、と思ってしまうところなのだが、ベルグテックEXはかなり期待を裏切る結果となった。逆の意味で意外だったので数回データを取ったのだが、0.05g(約300g/m2/24h)と狂わない測定値を安定して出していたので、少なくともこの実験方法ではこの程度の実力しかない、ということなのだろう。
とはいえ、何度も引き合いに出して申し訳ないが、堂々とXCRタグが付いているバートンのジャケットとほぼ同じ測定値なのだが・・・
H2NOは性能値が公表されていないので最も興味があったところなのだが、ゴアテックスと同等の測定値を示した。
3.method_1とmethod_2について
method_1とmethod_2の成績の差であるが、温度を考慮しなければならないDiAPLEXを除くと、ゴアテックスの2着(ダイナアクションパーカとレインテックス)は変化なく、BURTON、H2NO、スーパーハイドロブリーズは25〜30%程度の低下が見られた。また、ドライテック系の2種(ブリーズドライテックとドライライトテック)は、共に50%近くの大幅な低下が見られた。
つまり、このmethod_2がドライテック系の素材にとって、かなり不利な試験方法だったということは推察できるが、その理由についてはよく判らない。
ブリーズドライテックについては、method_2での試験時、容器内から空気が水中にぶくぶくと泡を立てて出てくる現象が見られた。この現象は15分間の測定中10分くらいまで見られた。
これは「通気性がある」というブリーズドライテックに特有の性質によるもので、おそらく50℃の湯と接することによって暖められた容器内の空気が膨張し、それが蓋をしている被検体の生地を通過して水中に出てくるものだと思われるのだが、そうすると実験中は「生地の表地側から裏地側へ」の空気の流れが発生していることになる。この空気の流れが逆向きの方向になる水蒸気の動きを若干阻害している可能性はあるかもしれない。
もしそうだとすれば、これは表地側が密閉されているという実験に特有の現象で、実際の使用上は起き得ない現象なので、この数値を単純に性能値と考えることはできなくなる。
もっとも、通気性を持たず実験中の通気現象も見られなかったドライライトテックもmethod_2での低下率は同程度だったことから考えると、ドライテック系の素材は共通してmethod_2を苦手とする何か他の理由があるのかもしれないが。
ちなみにこのmethod_2はJISの1099-B法に比較的近い方法ではあるが、補助メンブレンがないことが大きく異なる。やはりメンブレンが直接水に接すると、きちんと性能を引き出せないのかもしれない。
実際の使用条件に近いのは、間違いなくmethod_1の方だろう。method_2は素肌の上に直接防水透湿性生地を身に着け、「汗だくになったときの汗の抜け」に近い状態かとも思うが、でも設定水温は実に50℃である。温度が低ければ裏地に接した水が水蒸気に変わる圧ももっともっと低いわけで、そもそも水蒸気にならなければ生地を通るわけがない。
method_1も水温は80℃なので実際にはあり得ない温度なのだが、こちらは「発生した水蒸気を通す効率」を調べていることになるので、水温はそれほど関係ない。予備実験で37℃程度の水温でも実験してみたが、水蒸気の発生量が少ないのでどの素材もまったく数値に差がなくなってしまった。
というわけで生地の厚みもレイヤー構造も異なる生地で素材を比較しているし、実験方法そのものもそれほど厳密にコントロールできているわけではないので、あまり細かい数値の差をあれこれいっても仕方がないのではあるが、こうしてみるとドライライトテックはちょっと物足りない。逆にスーパーハイドロブリーズは、もとより期待していなかっただけ、意外なほど高性能である。
ブリーズドライテックはmethod_2での数値低下が著しいのが気にはなるが、メンブレンがドライな状態の時では数値的にはゴアテックスを凌ぐ透湿性能だった。
ともあれ、この実験条件は共に実際の使用条件とはかなりかけ離れている。80℃のお湯から立ち上る水蒸気(もうもうと湯気が上がるのが見えている)をこれだけ通して、しかもどの素材も裏地はドライのままだった、という時点で、少なくとも今回試験したウエアでは実使用に支障がある性能のものはなかった、と言って良いと思う。
個人的にはブリーズドライテックは良いなと思った。method_1では確かにゴアテックスを凌駕しているし。
でも、コストパフォーマンスでは、なんといってもスーパーハイドロブリーズは凄いと。
4.その他
この手の防水透湿性素材は企業秘密も多いのか、詳細な技術的解説は非常に乏しいのだが、いろいろ調べているうちにかなり参考になるページを見つけた。
多孔質膜(ゴアテックス)とその他のほとんどの防水透湿性素材の構造であるウレタン系素材の違いを判りやすく考察している。
極めてザックリと書くと、多孔質膜では運動している水蒸気分子が膜に空いている穴を自由に通過するのが透湿、ということになり、ウレタン系では一旦素材に吸収された水蒸気が外側に向かって蒸散するのが透湿、ということになるらしい。
ということはすなわち、多孔質膜(ゴアテックス)では、透湿性を左右する条件は膜内外の湿度差と温度差の2つであるのに対し、ウレタン系では湿度差のみである、ということなんだそうな。
ということになると、method_1はゴアテックスにはかなり有利な実験条件ということになる。80℃という高温の湯を用いているため、生地内外の温度差がかなり大きくなるからである。method_2も水温は50℃なので生地内外の温度差は大きく、ゴアテックスが高い数値を出した理由がわかるような気がする。
このmethod_2は「裏地が湿度100%」という条件であるわけだが、上記記事には「生地の外側(表地)が完全に濡れている場合(湿度100%)」について、面白い考察がされていた。
すなわち、ウレタン系はメンブレンの外側の方が湿度が高いため、「外から内への透湿」が起きてしまうのに対し、ゴアテックスでは湿度差だけではなく温度差も透湿性を決定する条件であるため、外が水で飽和した状況でもまだ内から外への透湿は起きる、という理屈である。
一読して「何かヘン」と思ったのだが、よく考えてこの理屈のおかしいところが判った。
温度差、というのは要するに水蒸気分子のブラウン運動の差のことで、内側の方が温度が高いということは水蒸気分子の運動量が大きく、外側では小さいということである。透湿はあくまで分子の自由運動の結果、膜を通過していくということだから、実際には外から内への透湿も常時起きているわけだが内から外への透湿量の方が圧倒的に多い、という理屈は判る。
その理屈で言えば、確かに表地が水飽和状態であっても温度差があれば透湿は起きる、という理屈は間違ってはいないと思う。
ただしそれはあくまで「メンブレンでの話」である。
メンブレンの外側は水をたっぷり含んだ表地であり、いわば「水の膜」状態になっているわけである。その水の膜を水蒸気分子が水蒸気のまま通過することはあり得ないので、ファブリック単位で考えれば内から外への透湿は起きないのではないか?
また、この場合はやはりメンブレンの外側の方が湿度が高くなるわけで、「湿度差による外から内への透湿」はゴアテックスでも起きるだろう。
内側からメンブレンを通過していった水蒸気分子は、表地に到達すると速やかに「水」になり、外から内への透湿によってメンブレン内側にまた戻ってくるわけである。
結局同じことなのではないか?
実際問題、撥水性が失われて表地が水浸しになった状態のゴアテックスウエアを着て、それでもまだ透湿していると実感できるケースはないといって良いと思う。外側がべったりと水浸しになる頃には、内側もシャツが絞れるくらい濡れてしまう。
防水透湿性素材の性能を引き出すためには、表地の撥水性を保つようにメンテナンスするのは常識であり、表地の撥水性が失われた状態では防水性と透湿性の両立は実用上できなくなるのは、ゴアテックスも他の素材も同じ、という理解で良いと思う。
今度は裏の話であるが、method_2は裏地が水浸しの状態を再現した試験条件である。
しかしだからといって、ゴアテックスは汗で裏地をたっぷり濡らしてしまっても透湿性能が高い、と思うのは早計である。実験では50℃という高温の水を使っているから水蒸気が多く発生し、その発生した水蒸気を透湿しているだけだからである。
実際に山で雨に打たれて内側は汗でぐっしょり、という状況を想定すると、ファブリック内側の水(汗)の水温は30℃がいいところだろう。
実は実験条件を決定する際に、いろいろな条件で測定をしてみたのだが、mthod_1の状態で水温を37℃にして測定すると、発生する水蒸気が微量過ぎて透湿性能に換算すると1,000g/m2/24hも出ない。これだけとゴアテックスだろうがH2NOだろうが性能に差はまったく出なかった。method_2ではや試していないが、ゴアテックスが1,000gで変わらず、H2NOはさらに3割ほど低下するかもしれないにしても、どちらにしてもこれは「透湿している」とは言えない数値であろう。
つまり、method_2の数値の差を気にするより、アンダーウエアを選ぶことに気を遣った方がよほど良さそうである。
吸水拡散性能の高いアンダーウエアを選ぶのはもちろん、夏場でも半袖のTシャツの上にレインウエア、というレイヤリングは、ウエアの性能を引き出すことができないものと思われる。長袖のシャツを着た方が良いだろうな。
まあ私もTシャツにレインウエア、というレイヤリングはしょっちゅうしているが、その時はゴアテックスのダイナアクションパーカの方がH2NOのジェットストリームジャケットより、蒸れを感じることは若干少なかったような気はする。が、前のストームクルーザーはかなり蒸れ感があった。
考えてみれば、裏地が水を含んでしまうと、身体から発生した水蒸気はそこで水に変わってしまうわけだから、どうしたって蒸れるわけである。いったんそういう状態になると、水が水蒸気に変わって透湿していくより、身体から新たに発生する水蒸気や水(汗)の量の方が多くなってしまったりする事態も十分考えられる。
というわけで、実用上はおそらく素材の差よりアンダーウエアの差の方が大きく出るだろう。
少なくともほとんどの素材は、差をはっきりと体感できるほどの性能差があるようには、この実験結果からは思えない。
謝辞
ご協力いただいた、神奈川のHさん、千葉のTさん、大阪のMさんとKさん、滋賀のTさんと岐阜のTさん、またわざわざ自宅までウエアを持ってきていただいた町内の昴酒造さん、本当にありがとうございました。