ホームグラウンドを持とう
理想的なステップアップの仕方
登山者は、次々と違う山に登り続けるジゴロ型と、同じ山に何度も飽きもせずに通う一穴主義型に分けることができる。まあざっくりと言ってしまうと、昔から若い人は一穴主義型が、中高年にはジゴロ型が多かった。それは今も変わらないし、日本百名山ブームのおかげでその傾向にはますます拍車がかかっているように思える。
まあどちらが正しいと言うことではなく、いずこの山もそれぞれなのだが、少なくとも山を技術的にも人文的にも丁寧に段階を踏んで覚えようとするならば、どこかにホームグラウンドを持った方が良い、と思う。
良いホームグラウンドの山にはいくつか条件がある。
1.近いこと
まず日帰りで行ける山であることが有利である。そして毎月でも行ける距離にあること。
2.適度にコンパクトであること
「日帰り可能」ということと関係するのだが、それほど規模が大きくなく、全体の把握が比較的容易な山あるいは山域が良い。
3.標高があまり高くないこと
どの程度の標高が良いかは地域によって当然異なるが、四季を通して登れる山が良い。あくまで初心者にとって。
4.ある程度変化に富んでいること
どこから登っても同じような山より、いろいろなコースが組める山の方が良い。
5.飽きずに通えること
要するに「好きになれる山であること」である。
むろん、その条件を全て満たす必要もないのだが、もちろん一番大事な条件は5である。その山に行くことが義務感になってしまっては意味がない。
で、そのホームグラウンドの山で何をするかなのだが、とにかく足繁く通うのである。頻繁であればある程良い。月に1回より2回、2回より毎週の方が上達が早い。
読図も歩行ペースの作り方も、未知の山でやるよりもよく知った山でやる方が上達が早い。解答は知っているわけであるから、それを導くプロセスに集中できるからである。
いろいろテーマを決めて登ってみる。今回はとにかく地図読みに集中して、コース上から見えるピーク全てを地図で読んでやろう、とか、今回はタイムアタックをする、とか決めて登ってみるのである。特にタイムアタックに関しては、同じコースで何回も試みるとペースの作り方は劇的に上達する。
意図的にトレーニングという意識を持たなくても、「同じ山に何度も通う」ことは有益なことが多い。
同じ場所で様々な状況を経験することは大切で、どういう場所がどういう条件の時にどういう状況になるのか、ということを教えてくれる。冬に雪が降ると吹きだまりになる地形とか、ガスに巻かれると間違いやすくなる尾根筋、雨が降って増水すると危険な場所、これらのことは同じ場所の両方の状況を知っていてこそ、1の経験で1ではなく2とか3の経験値を得ることができるのだと思う。
私にとってのホームグラウンドは比良だった。高校生を卒業するまで滋賀県の大津市に住んでいたので、比良は上に挙げた5つの条件全てを満たしていた。というより、私にとって比良で山を覚えたことがベストだったと思ったから、この5つの条件を考えたのだが。
比良は中学校2年間と高校3年間の計5年の間に、とりあえず当時存在していた一般ルートは全て歩いた。道のない尾根筋もいくつかは歩いた。(登山道はなくてもほぼ全ての尾根に踏み跡は存在する)
さらに沢登りも比良で覚えたので、大学に入ってからもいくつか登り、主要な谷もほぼ全て登っている。夜間登山やタイムアタックもやったし、それこそ比良は骨の髄までしゃぶり尽くした感がある。
こういうホームグラウンドの良いところは、全てが未知の山域と違って余分な緊張感を持たずに済む分、いろいろなことが試せるということだと思う。
目をつぶっても歩けるはずの武奈ヶ岳で、猛吹雪の日にルートを間違えたこともあったし、わざわざ雪庇を踏み抜いて遊んだりもした。
剱も登った日数から言えばホームグラウンドと言えなくもないのだが、私にとってはどれだけ通っても剱は常に挑戦する山であって、ここでいう「ホームグラウンド」という意識とは少し違う。
だが、黒部川源流地帯はホームグラウンドである。上の5つの条件のうちいくつかは満たさないのだが。
もう1つのホームグラウンドの利点は、ベンチマークになるということである。
このコースをこれだけの時間で歩けるなら体調が良い証拠、とか、このルートを平然と切り抜けられたらまだまだカンも鈍っていない、というような自分の状態を正確に知ることができるのも、よく見知った山であればこそだろう。
まあそういう意味では剱もベンチマークになるかもしれないが・・・長治郎雪渓を難なく詰めることができれば、まだ雪上技術はいける、とか。でも、それには雪渓の方の状況変化が激しすぎるので、現役バリバリの頃ですら「やっべぇ〜」とか思いながら登下降した時もあるから・・・やっぱり「挑戦する山」だな。
なにより同じ山に何度も通うと、同じ山でもどれだけ変化に富んだ表情を見せるか、ということに気づく。1回踏んだだけで「この山は登ってしまった」と次の山に行ってしまう気持ちにはなれなくなってしまう。
まあ百名山制覇も良いのだが、その1/10の経費で10倍山を楽しめるようになれると思うんだけどね。