基本技術 その3
生活技術
まず最初に断言するが、生活技術というのは歩行技術や登攀技術と同じくらい大切な、まさしく技術である。このことは大学山岳部なり社会人山岳会なりで冬山のバリエーションルートなどある程度ハードな登山をしたことがある人なら理解できると思う。
例えば、冬山でテントの中でお湯をひっくり返し足に大火傷を負ってしまったら、それは既に遭難しているということである。また、荷物のまとめ方が下手な人がパーティーに1人いれば、その人はテントの中で他の人より大きな居住空間を占有し、すなわち他の人の居住空間を圧迫する。それは他のメンバーの体力を少しずつ削っていって、数日後にパーティー全体を窮地に追い込むかもしれない。このように生活技術は時として登攀技術と同じように安全に直結する技術なのである。
夏山でも、そして小屋泊まりの山行でも冬山ほどシビアではないが基本は変わらない。
ところが、未組織の登山者はこの生活技術をトータルで伝授される機会がないため、そもそもこれを技術ではなく要領だと認識しがちである。良い本もあまり見かけないし。
まあそもそも、生活技術は多くの細かい要素が密接に絡み合ってトータルでなんぼの世界でもあるので、その細かい技術1つ1つには時にそれほど深い意味がなかったりすることもないわけではない。それこそその部なり会の伝統になってしまっている要素もしばしばで、だからあちこちから要素を単独で修得しても、妙に不合理でおかしなことになりかねなかったりする。
なのでトータルとしてここに書くことはとうてい不可能だが、まあ最大公約数的な基本だけ、ということで。
と言いつつ最初からいきなり精神論になってしまうのだが、山での生活で一番大事なことは実は「多少のことには動じない図太い神経」である。
要するに生活技術とは、昼間の行動で消耗した体力と神経を如何に休めて明日の行動への悪影響を絶つか、ということなので、どんな技術よりも図太い神経の方が強い場合がしばしばある。
極端な話、森林限界の上で夜になって雨が降っている状況でビバークに追い込まれても、ハイマツの間でシュラフカバーに潜り込めば朝まですやすや眠れる人は他に技術など必要ない。(私にはそこまで図太い神経はない)
そんな神経を持たない人はツェルトを上手く張ったり身体の下に枝や落ち葉を敷き詰めて地面からの冷えを遮断したりする技術が必要になる。その技術すら持たない人は翌朝には冷たくなっているわけである。
もうひとつ極端な話をすると(実話である)、冬山でかなり厳しい場所にテントを張っている時、夜トイレに行きたくても危険でテント外に出ることができなかったりする。で、テント内でコッフェルの中にじょ〜っと排泄し、それをテントの入り口から身を乗り出して外に捨て、そのコッフェルでそのまま水を作ったりするのであった。(もちろん雪でごしごし擦って洗ってはいる)
これが「耐えられない」と思えば、靴を履いてアイゼンも着け、ハーネスを装着してザイルで確保しながら小便に行かなければならない。まして他のメンバーが「なんでそんな面倒なこと」と誰も相手にしてくれなければ、その確保すらも自分でやるしかないのである。
さらにこれらをクリアしたとしても、ハーネスを装着したままでどうやって小便をする?という難問が待っているのだ。
ここは注釈が必要だが、当時私達が使っていたハーネスはトロール社のシットハーネスだった。まあ当時はハーネスと言えばそれしかないという状況だったし、このハーネスは現在でも販売されている。
現在のレッグループ式のハーネスと違い、このハーネスは装着したままで小便をするのは極めて困難だった。そのせいもあって沢登りの時は、徒渉中に水中でそのまま放尿、というのがスタンダードだった。腰以上の徒渉中に突然ブルブルッと身震いした人は、「あ、今小便したな」とすぐ判ったものである。この話を現役沢屋のある小屋のバイトの女の子にしたら、「え〜っ!?信じられない〜!」と言われてしまったが、それはこっちのセリフである。今沢に行ったとしても、私は何のためらいもなくそれをすると思うが・・・
極論ばかり続いたのでもう少し現実的な方向に話を戻すと、例えば小屋やテント場で寝ようとしている時、そばにまだ起きてひそひそ話している人がいればどうだろう?
まあどの程度騒がしいかにも依るのだが、ここで何も気にせず眠れてしまう人が最も強いのである。気にしだせばきりがない。しーんと静まりかえった静かな小屋やテント場で、小声でひそひそ話す声などは気にしてしまえば一番気になる。ここで「マナーを知らない奴らだ」と腹を立ててしまえばもう眠れない。
そもそも周囲2kmには人っ子1人いないマイナーな山や滝谷避難小屋でたった1人で泊まり、大動物が小枝をピシパシと踏みしめる音や突然あらぬ方向から聞こえてくる話し声、それに雨中の沢筋でのビバークで突然大きくなる沢の音などに怯えながら夜を明かした経験を持ってしまうと、人の声が気になって眠れないなんていうのはかなり贅沢な悩みである。少なくとも近くにはクマも幽霊も鉄砲水もいないのであるから安心して眠るべし。
山小屋編
山小屋泊の場合、生活技術と言っても「自分の身を守る」ための技術というより「見知らぬ他人と上手くやっていく技術」の性格が強いので、もはや登山技術と言うより世間一般の生活の知恵に近い。敢えて登山技術っぽいところを言えば、「見知らぬ他人と居住を共にするストレスを上手く低減する方法」だろうな。
まず最も大切なことは、山には入る以前に計画段階で日程を工夫することである。
山小屋は来る人は拒めない宿泊施設である。拒んだら小屋の軒下で朝には冷たくなっている人が出るかもしれないのでそれも当然である。
つまり、人が集中する時期にはむちゃくちゃ混むと言うことである。山小屋の施設規模は、決して最大宿泊数に合わせられてはいない。平均100人の宿泊者がいる山小屋でピーク時には200人泊まるとすれば、200人に合わせて施設を拡大すれば、それは単なる過剰投資である。山小屋も商売なので当然100人の方に合わせて施設を作るのである。そこに200人泊まる日は地獄絵図になるのは当然である。
私が黒部川源流の薬師沢小屋でバイトしていた頃は、公称宿泊人数80人の小屋に最大で200人近い登山者を泊めた経験がある。宿泊者の数はよく覚えていないのだが、夕食数ははっきり覚えている。178である。この時は6畳の部屋に14人入れた。夜にトイレに行って部屋に帰ってきたら自分の寝場所などない。そうやって廊下で震える人が大勢いて、毛布を引っ張り出したり廊下や玄関に寝場所を作ったりという対応にほとんど一晩中追われた。
これはまだマシな方で、わりと最近の話だが水晶小屋に50人泊まった日があるらしい。これはまさしく難民キャンプである。聞けば誰1人横になるスペースすらなく、宿泊者全員が膝を抱えて一晩過ごしたそうである。
ちなみにこんな日に泊まっても宿泊料は同じである。
であるから、とりあえず計画段階でそういう混む日ははずす、というのがとりあえず賢い。
が、これもまたみなが考えることで、そう簡単ではない。
昔は7月の最終週の土日に1回ピークがやってきて、8月に入ればしばらく小康状態が続き、やがてお盆を迎えると最大のピークが3日間ほど襲来する、というパターンだったが、最近では海の日に最初のピークがやってくると、そのままお盆までいってしまうそうである。その代わりお盆のキチガイじみたピークはマシになっているそうだが・・・
なので海の日からお盆までは北アルプスの山小屋泊まり山行はしない、というのが手っ取り早い。花の最盛期は完全に外れてしまうが・・・(おかげで私は盛大なお花畑などほとんど見たことがない)
そういうわけにもいかないよなぁ、という場合は、せめて土日は外すとか(ウイークデーになると少しはマシ)、人気の高い山域を外して少しマイナーな山に行くとか、いろいろ考えなければなるまい。メジャーな山にメジャーな時期に行くと混むのは当然である。秋の涸沢でテント場のトイレ待ちで30分なんて話を聞くと、それを聞いただけで疲労凍死しそうなほど疲れる・・・
でもやっぱり行きたい?なら、それなりの対策を練らないと。
まず、山小屋には早い時間に到着することが必須条件である。具体的には遅くても午後3時がタイムリミットである。
山小屋の食事は早い。最盛期には夕食が午後5時、朝食が午前5時がスタンダードなところだろう。従って遅い時間に到着すれば、着くなり食事ということになってしまう。また、山小屋では夕食が終わればもう登山者も従業員も就寝モードにまっしぐらなので(最盛期ほどその傾向が強い)、遅い時間に到着するとゆったりする時間が皆無になってしまう。さらに追い打ちをかけるように1畳に2人詰め込まれ、横の見知らぬオッサンがイビキでもがなり立てようものなら、疲れが取れるどころか行動するより激しく疲れること請け合いである。せめて小屋には早い時間に到着して、少しでも人口密度の低い状態でほっと一息入れないと体が保たない。
遅くても午後3時と書いたが、ほんとは午後2時までに小屋に入れると(山域によって多少事情が異なるが)ずいぶん違う。
早い時間に到着して、まだ誰も他人がいない部屋に入れると、まず有利なのは一番良い場所が取れることである。これは決して一番広いスペースを取れるという意味ではない。自分が一番早く来たからと言って広いスペースを何喰わぬ顔をして占有するのは、これは登山者としてのマナーがどうこう言うより精神年齢が5歳児並と言われても仕方がない。そうではなく、例えば一番奥のスペースが取れるだけでも、両側に他人に密着されるより安眠度が著しく違うのである。
また、最初に自分が入って次々と人が同じ部屋に入ってきた場合、ゆったりしていた部屋がどんどん狭くなるのは苦痛なのはやむを得ず、それでも露骨に嫌な顔をしないよう心がけるのは人として当然のことだが、自分が後から入った場合は嫌な顔をされることがある。特に夕方5時を過ぎていたりして誰もが「あ〜、これで終わりか」と思った頃に「すいません、もう1人入ります」なんて入ってきた日には、これは同室の誰もが激しく落胆しているのも当然で、露骨に嫌な顔をする人もいるし嫌な顔をされなくても居心地は甚だ悪い。むろん、それに平気で耐える神経を持っていれば問題ないのだが・・・それは人として何かが違うような気がする。
混む時は当然食事もゆっくりしてはいられない。前述の薬師沢小屋の夕食数が178人だった日であるが、薬師沢小屋の食堂の収容人数は32人である。すなわち6回転である。まあ大きな小屋でも数回転はするであろう。
なので早い時間に到着することはここでも意味を持ってくる。早い回転で食事を済ますことができれば、部屋で快適に眠る体制をゆっくりと整えられるというものである。最後の回転で食事をしたりすると、終わって部屋に戻ると既に寝ている人がいたりするので荷物をガサゴソと出し入れするのにも気を遣わされる。
食事は自炊にするというのも手である。が、自炊だったらゆったり食事できると思ったらそれは甘い。自炊場だって当然混んでいる。なのであまり凝ったメニューは無理だと読んでいた方が良い。
早立ちは・・・まあどちらでも良い。どのみち午前3時くらいから起き出してゴソゴソするパーティーが必ずいるので、早起きさせられるのは必至である。
次の小屋に早く着きたいのでどうしても早立ちしたくなるが、それは朝食が何回転目でありつけるかで思惑がどうにでも転んでしまう。トイレも混んでいるし、あまりに早立ち前提の計画を組むと、出発以前に大幅に計画が狂ってしまうこともしばしばである。
いっそのこと朝食は頼まないのも手である。他の客が朝食を取っている間にさっさと出発し、途中のピークあたりで行動食を食べていたりする方がよほど気が利いている。これなら出発時間はある程度自分のペースで決めることができる。(それでもトイレ待ちで思わぬ時間を食ったりすることも)
最盛期ほど混んでいない時期は、やはり早い到着はいろいろな点で有利ではあるものの、ピーク時ほどせかせかしなくて大丈夫である。
さて、次に要領の良い小屋泊まりの一般論である。
山小屋といっても千差万別である。ツインのベッド付き個室がある小屋から大広間で雑魚寝という小屋までいろいろである。ツインのベッドに羽毛布団というような、もはやホテルというような小屋には泊まったことも働いたこともないので、ここで書くことができない。
とりあえず基本形であると思われる、相部屋スタイルの小屋での過ごし方について書くことにする。
まず注意したいのは靴である。どこの小屋でも靴の取り違え事件が後を絶たない。特にシリオなどの非常にシェアが高いメーカーの靴を履いている人は要注意である。同じメーカーだと少々型が違っても簡単に間違えられてしまう。(もしくは自分が間違える)
対策としては、靴紐にタグを着けてしまうのが最も確実だろう。それも無骨な荷札(白い紙に針金が付いているあれ)が一番目につきやすくて良いと思う。荷札に黒いマジックでデカデカと名前を書いたやつを何枚か持っていき、靴を下駄箱に置く時に靴紐を左右まとめて縛って荷札を付けておく。まとめて縛らないと、時に片方だけ間違って持って行かれることがある。中には残ったのが右足が2足なんていう謎な事件もあった。
ザックの置き場所は小屋によって場合によって違う。部屋の中に置ける時もあれば、廊下に出さねばならない時もある。必要なものを枕元に置いて寝るにしても、バラけてしまうと都合が悪いので、まとめておける小さなスタッフバックがあると良い。
枕元に何を置いて寝るか。
まずヘッドランプは必要だろう。ほとんどの小屋では消灯時に発電機を止めてしまうので、その後の灯りは常夜灯だけである。トイレに行くのもままならないのでヘッドランプは枕元に置いて寝た方が良い。それと腕時計、水くらいか。
混んでいる時は夜のうちになくなってしまうことも多いので(間違って持って行かれるか誰かの寝床の下に潜り込んでしまうか)、腕時計ははめて寝た方が良いし、ヘッドランプも首から提げて寝た方が良いかもしれない。冬山のテント泊では標準スタイルである。
昔は「小屋の食事は不味いので好みの副食物をいくつか持っていくと良い」と言われていたが、もはやそんな時代でもない。どこの小屋でもそれなりの食事を出してくれる。持っていくのはいっこうに構わないが、自分の体力と相談して、である。下界より高いがある程度のモノは小屋で買えるので、荷物より財布の中身を重くしていった方が利口である。
それからどうでもいいことかもしれないが、出発する時に布団をきれいに畳み直してくれる人がよくいた。
気持ちは大変嬉しいのですが、どのみち使用した布団は毎日全部広げて干したり埃を掃いたりしなければならないので、それは意味がないことなんです。あまりにきれいに畳まれると、掃除の時に混乱するのでありがた迷惑でもあります。
気にせずドワッと広げたまんまで出発してください。
テント泊編
さて、いよいよ技術らしい話ができる。
テント泊でも最盛期には早い時間の到着が有利なことは変わらない。山小屋の場合は最悪でもとりあえず水平な寝床は確保できるが、テン場は下手に遅く着くとゴツゴツに盛り上がったところでエビぞりのような体勢で寝るハメになったりするので、むしろ小屋泊まりよりシビアである。
荷物の整理
テント泊での生活技術の肝は荷物の整理である。これができないと山行全体に思わぬ影響が及ぶのである。また、組織登山の経験がない人が最も修得できていないことが多いのもここである。
例えば冬山に行くのに荷物の整理ができないと、「4人用のテントに4人寝るのは無理だ」などと言い出すことになる。それで6人用テントなどを動員せざるを得なくなる。冬山で6人用テントに4人で寝るとテント内の人口密度が低くなり、これは寒くて仕方がない。なのでシュラフの番手を1番か下手すると2番上げざるを得なくなる。するとシュラフが重くなる。
するとテントの重量増を人数割りして1人あたり0.5kg、シュラフの番手を上げることによる重量増がやはり0.5kg、黙っていても1人あたり1kgも増えてしまう。これは大きい。さらに衣類も増えるだろうし。おそらく燃料の必要量もいくぶん増える。
そうやっても水や靴の凍結対策には余計な神経を使うハメになる。
学生時代、5人で行く予定だった冬山に、直前になって1人欠員になってしまい4人でそのまま行ったことがあったが、6人用テントに4人は寒さが非常に堪えた。ぴったりくっついて寝るのが前提なのでシュラフはかなり薄手のものしか持っていかなかったので(隣のやつのシュラフも自分の保温に利用するのである)、6人用テントに4人などというゆったりサイズは寒くて仕方がないのであった。1人減ったにも拘わらず、燃料消費も激しくて予備燃料まで使い果たすハメになった。
・・・ま、夏山では4人用のテントに4人寝たいとは私も断じて思わない。暑苦しいもの。
今はモンベルのステラリッジ4という4人用テントで家族4人で寝ているが、これは子供がまだ小さいからできることである。ムーンライト1という1人用のテントに小3の長男と2人で寝てみたが、これは以外に楽勝だった。
荷物の整理は、まずテントの中に入れるものと外に出しておくものの区別をしっかりすることである。
みなだいたい靴と火器類、クッカーあたりはテント外に出しているだろう。靴は大きなビニール袋に入れて防水しておかないと夜露や雨で濡れてしまうと非常に情けない。
食糧も乾物あたりは外に出しておいても良いのだが、場所によっては熊やサルに持って行かれてしまうので注意が必要である。
ザックを外に出しているテントをよく見かけるが、これは私には少々疑問である。場所によっては熊やサルに狙われやすいのもあるが、そもそもザックはテントの中でちゃんと役に立つものだからである。
ザックの中身は全て出す。その中で火器類やクッカーなどの共同装備はテントの外に出す。個人装備のうち衣類は寝る時には着込んでいる。というか寝る時に衣類が大量に余っているのは、持ち過ぎかシュラフが厚すぎなんである。せいぜい非常用の替え下着類が数点、あって長袖のシャツが1枚程度、それに雨具くらいだろう。(それに時に下山セット)
それらの衣類はスタッフバッグに押し込んで枕にする。枕と着ているもので衣類は全て、というのが普通で、枕が大きすぎるのは荷物の持ちすぎである。
ヘッドランプやライターに腕時計、ナイフなどは小さなスタッフバッグにまとめて頭の上に置いておく。ちなみに冬山ではそれらは全て身につけておくことが原則である。ヘッドランプは首に下げておき、腕時計ははめておく。ナイフはヒモで首に下げて寝る。なぜかというと、テントが雪崩に流されたりテント火災の際は出入り口から脱出することができないのでナイフでテントを切って脱出するのである。その時に枕元に置いていたりすると、まず絶対に発見できない。つまり脱出できない。ということは死ぬということだったりする。なのでここではいわゆる「アウトドア用」のごついナイフはお呼びでない。小さな折り畳みナイフが一番良い。これをヒモで首から提げておく。入山した瞬間から下山する時まで片時も身体から外さないのが鉄則である。テント内で調理している時に火事になった時も、出入り口から脱出しようとするとたいてい逃げ遅れて死んでしまうので、ナイフでテントを切って脱出するのである。運悪く手から離してどこかに置いていた時に火事になると・・・運が悪いとしか言いようがない。
ちなみに私は雪崩でテントが流された経験はないが、夜中に積雪で潰されたことと火災は1回ずつ経験している。火災の時はナイフでテントを切って脱出した。
夏山ではテントが雪崩に流されることも積雪で潰されることもない。なのでナイフに関してはあまり神経質に考える人も少ないしその必要も薄いとは思う。
まあ、火災は夏山でも十分にあり得るし、悪いことを考えればきりがなく、風で飛ばされることはあり得る。槍の肩のテン場で幕営していて、夜中に暴風雨で人が入ったままテントが飛ばされたら、ナイフで切って脱出しないとヤバイだろうし、その時は首から提げていないとダメだろうな。
・・・ま、人が2人入ったままのテントが飛ばされたのは私も見たことがあるが、そうなる前に小屋に逃げ込むというのが根本的な対策だろう。ナイフを使わなければならないような事態に陥ること自体が重大な落ち度である。冬山と違って夏山ではそうなる前にいくらでも手を打てるものな。
ま、お守り代わりに小さなナイフをいつも首から提げておくのは悪い考えではないけれど。
さて、話が逸れたが、衣類はまとめて枕にした。小物もまとめて枕元に置いた。火器類やクッカーなどの共同装備はテントの外(前室)に出した。
となれば後は空になったザックがあるだけである。これはどうするか?足の下に敷き込むのである。つまり、マットは半身用で良い。マットが肩から膝程度まであって、そこから下はザックがマット代わりである。これで荷物は全部片づいた。自分の個人装備はほぼ自分の肩幅の間に収まるはずである。あとは食糧を隅の方に置けば(一部外にも出す場合もあり)、なんだ、ちゃんと4人用のテントに4人寝ることができるじゃないか。暑苦しいから夏山では嫌だけど。
これができずに荷物をまき散らしてしまう人が「日本製のテントは狭い」と言ってみても、これは自分の未熟さを声を大にして唱えているのに等しい。山岳用のテントは最も厳しい環境での使用を前提に設計されているから、これで適正サイズなのである。
むろん、夏山では狭いのは当たり前で、それは大きなサイズのテントを使えば済む話である。夏山に4人で行くのなら6人用を使えばいいだけなのだ。ただ、冬山の方が荷物も多くなるしテントの外に出しておける物も限られてくるので(水や食糧などは基本的に置けない)、実は4人用のテントに4人寝るのは夏の方が遙かに簡単だったりする。
まあ、シビアにやらなくても横着が通用するのが夏山の良いところだからして。
テント設営
話が前後するがテントの設営については、よく技術解説書や雑誌でも書かれているのであまり多くは書かない。
要はテントを飛ばされないことに尽きる。最近のテントはやたら軽いので、風を孕むと人間1人ぐらいがしがみついていても簡単に飛んでしまう。吹けば飛ぶような、という言葉がとってもよく似合う物体なのだ。
よく出入り口を風下に向けると言われるのも、出入り口から風が吹き込んだテントは極めて飛びやすいからである。
でもまあ、風向きについては、山ではしょっちゅう風向きが変わるので気にしてもきりがない。完全に稜線上であれば、ある程度風向きの推移も読めるが、谷間や山の中腹などの複雑な地形のテント場では神経質に風向きを考えるのは無意味ですらある。
それより谷沿いのテント場であれば川の方に入り口を向けた方が、降雨の際などに水位を確認しやすくて良いだろうし、景色の良い方に入り口を向けて設営しても良いと思う。
ある程度風が強い場所で設営をするときは、これはやはり出入り口は風下に向けた方が良い。テントが最も飛ばされやすいのは設営の時と撤収の時である。しっかり設営できてしまえば、その後風向きが変わってもそうそう飛ばされるものではないからである。
北アルプス等のテント場ではペグを使わない人も多い。岩稜帯などではペグが効かないことも多いし軽量化のためということもあるのだが、最近のペグは非常に軽いので効く場所であればやはりペグを打つのが最も確実にテントを固定できる方法だと思う。特に風が強い時にテントを設営するときは、とりあえずポールを入れる前にテントの四隅をペグダウンしてしまえばある程度安心してその後の作業ができる
ポールを入れるときは押し入れる。引いて入れてはならないのは基本中の基本である。
よくヒヤっとするのが、テントの出入り口が開いていて、ポールを押し込んで立ち上げた途端にテントが風を孕んで飛ばされたり極度に不安定になることである。立ち上げる瞬間は、出入り口が風下に向いていても激しく風を孕むので、立ち上げる前に出入り口がきちんと閉まっているかどうか確認すること。というか、出入り口が開いていればテントをスタッフバッグから出して広げた瞬間に飛ばされることもあるので、そもそも収納するときにきちんと出入り口を閉めておくのが基本である。
また、風が強いときはテントの底面と地面の間に風が入り、テントが浮かされたり転ばされたりすることがあるので、風上側の壁際に石を並べて風が床下に入らないようにしたりすることもある。
最近のテントは自立式なので、極端な話ポールを立ち上げただけで1本のペグも打たず1本の張り綱をとらなくても中で眠ることは可能である。
ただ、それだと耐風性が劣ったりフライとインナーが接触したりするので、特に定着山行でベースキャンプを張る場合や悪天候が予想される際には、それなりに気を遣って設営した方が良い。
最近のテントのフライシートは完璧な防水性を持っている(昔のテントのフライシートって簡単に水が通った)。その分、内側からの水蒸気も通らずにフライシートの内側で結露する。なのでフライとインナーが接触していれば、雨も降らないのにインナーが濡れてしまう。
設営時に傾斜がない場所を選ぶこと、丁寧に整地をして凸凹や小石を取り除いてから設営すること等は、やはり基本中の基本である。
炊事編
「山で美味いものを食いたい」という欲求は、テント山行の場合は完全に自分の労力と体力とのトレードオフの関係になる。例えば1人での山行でとことん手を抜いてインスタントラーメンで済ませばクッカーがそのまま食器にもなるので、軽いチタンのクッカーを使えばバーナーと合わせても200g程度で炊事用具はOKである。それが2品も3品も作ろうと思ったら、クッカーも複数必要だし、それとは別に食器が必要になるかも知れない。また食材も当然重くなる。
まあ、最近はフリーズドライでけっこういけるものもあるし、そこは自分の体力と欲求を相談してメニューを組むしかない。
ちなみに私の場合は、山で食べるものにはとことん拘らない方なので、1人で行くときはインスタントラーメンですら作るのが億劫だったりする。
その代わりコーヒーは何が何でも飲みたいので(インスタントで十分だけど)、カロリーメイトとコーヒー、で十分幸せなディナーである。調理時間2分でOK。
何が嫌って、作るのはまだいいのだが後片付けが嫌なのである。
その後片付けなのだが、基本的に水は極力使わない。水の乏しいテント場ならもちろんだが、例え水が無尽蔵にあるテント場であっても、水を極力使わないのは環境に対する負荷を考えてである。合成洗剤を使って洗い物をするなんてのは言語道断である。
クッカー、食器、武器ともに、トイレットペーパーで拭き取るだけでほぼ綺麗になる。私の場合、大鍋でカレーを作ってもトイレットペーパーだけで水は使わない。
もちろん、それは「作ったものを残さない」ことが大前提である。残してしまうとそれは生ゴミになり、生ゴミは下界まで担いで行かざるを得ず、ザックの中で腐って悲惨なことになる。故に作ったものは例え大失敗でとても食えた代物ではなくても、意地でも全て腹に入れねばならぬ。・・・・ま、それで下痢になってBOD負荷の高い下痢便を垂れ流すことになっても、それは環境負荷の点でおおいに問題があるのだが・・・
ま、そういう経験を数回すれば、カロリーメイトとコーヒーで十分幸せ、という境地に達するかも知れない。
低山の森林地帯などではここまでシビアに考える必要はないと思うが、少なくとも森林限界を越えた高所でテント泊をする場合は、生ゴミを出さないことと洗い物に水を使わないことは徹底するべきだと思う。