平成19年8月4〜6日 立山

8/5 6:40 雷鳥沢キャンプ場 発
  8:20-40 一の越
  9:40-10:10 雄山
  10:30-11:00 大汝山
  11:45-12:15 大走り分岐
  14:10 雷鳥沢キャンプ場 着
8/6 9:00 雷鳥沢キャンプ場 発
  10:25-50 天狗平
  12:50-13:40 一ノ谷
  14:30 弥陀ヶ原 着

 

 類は友を呼ぶという言葉を知ってるか?

 このサイトを通して仲良くなる人達とは、まさにこの言葉を地でいくようにその暴走っぷりが楽しい人達が集まってきているのであった。
 今回ご一緒したHさん一家は、昨年の5月にも合同キャンプをしていて、今回2回目にして念願の立山合同キャンプとなった。この一家、最近は雨の山でビバーク訓練や夜間行動訓練をしてしまう暴走っぷりが素敵である。

 さて、今年こそは立山で合同キャンプをとH家とは5月くらいから計画を練っていたわけだが、そこに直前になってもう1パーティー加わることになった。
 それが東京のYさんなのだが、この人もなかなか類は友を呼んでいるような方である。
 きっかけは、Yさんの彼女が富士山に登りたいということで、いろいろ検索して「町内の山」に辿り着いたのだそうな。ところがその富士山に登る頃には既にテントやシュラフも買ってしまっていた、というその暴走っぷりが良かったりする。
 テントとシュラフを買ってしまっているのなら、「今度雷鳥沢でキャンプしてるけど、良かったら来る?」と誘ってみたらあっさりOKの返事が返ってきた。山行10日前のことであった。しかもこの時点ではまだ彼女には言ってなかったりして。

 ま、メールをやりとりしながら「この人とはウマが合うかも」と思ってしまったのは、やはりその暴走っぷりが素敵だったからに他ならないのだった。

 さて、前日はH家が大阪から自宅にやってきて1泊し、翌8/4にいよいよ雷鳥沢入りである。同日に東京から黒四ダム経由で室堂入りするY氏が現地で合流、ということになっている。

 しかし。天気がどうも悪い。過去、8月初旬というこの時期に天気が悪かったことなど一度もないのであるが、今回は台風絡みである。
 それも天気図を見れば台風は入山日にはもう青森のあたりに抜けてしまっているので、普通なら4日から5日はぐっと良くなるはずなのだが、今回はどうも台風が通過した後に気圧の谷に入ってしまうようで、どうもあまり良くなさそうである。

 ま、あとは現地で判断するしかないかと、朝一番の室堂直通バスで室堂入りした一同であった。

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室堂ターミナルにて

 室堂では雨こそ降っていなかったが、一面のガス。
 いつ降ってきてもおかしくないので、とにかく降る前にテントを設営してしまおうと急いで雷鳥沢入りした。

 


 

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「集会用テーブル」の製作に勤しむ子供たち

 雷鳥沢キャンプ場。ガスで視界ゼロである。

 とりあえず子供たちには「集会用のテーブル」を造れと指示したのだが、大の指揮の下、えらく立派なテーブルが製作されていった。

 

 


 

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完成した「集会用テーブル」

 これが子供たち製作の「集会用テーブル」である。
 写真ではいまいち判りにくいが、表面は砂で埋められ、本当に平坦になっている。

 

 


 

 しか−し!テーブルの完成と時をほぼ同じくして雨が降り出した。せっかくのテーブルもその日は使用されることもなく、私達はテント毎(すなわち家族毎)にテント内で昼食を造り、食事を済ませてしまったのであった。
 雨は間欠的に強くなったり小やみになったりを繰り返していた。晴れていたら浄土山あたりにでも、と思っていたのだが、この天候ではどうにもならないのでひたすらテント内で昼寝を決め込んでいたのであった。

 夕方になって雨はひときわ激しく、「土砂降り」と言って良い降りになった。もうすぐY氏が合流する時間なのだが・・・
 登山経験もほとんどなく、幕営は初めてという2人に、この天候はあまりにもハードでは・・・・
 普通の人なら、室堂から1歩も出ずに帰ってしまいそうな天候なのだが、携帯に電話がかかってきてあっけらかんと「今からそちらに向かいます」だって。土砂降りで誰もテントの外に出ていないし、我々のテントも判りにくいだろうからと思って一時はテントの外に出たのだが、あまりに降りが激しいのでまたテント内に引っ込んでしまった。
 するとしばらくしてまた携帯に電話が入り、「今、真ん前にいると思うんですけど・・・」という声が電話からとテントの前からと同時に聞こえてきた。

 なんせ土砂降りである。幕営デビューでこの天候である。悲惨な顔をしているかと思えば、Yさんも彼女のRさんも「酷い天気ですね〜」とケラケラと楽しそうである。
 ん〜、なんて良い根性した人達なんだ。これはやっぱりこの人たちとはとってもウマが合うかも。

 とはいえ、この雨である。さっそく2人がテント設営にかかるのをちょっとだけ手伝ったりもしたのだが、テントが立ってしまえば後は引っ込むしかないではないか。

 この後、たまにちょっとだけ小やみになったりした時に、H家とYさんが顔を合わせた場面もあったりしたそうだが、その時は私がテント内にいたのでよく判らない。
 つまり、ちゃんと紹介もする機会がないまま、初日の夜は更けていったのであった。

 この夕食は肉を凍らせて持ち込み、焼き肉である。
 この天候を見てどうしようと思ったのだが、メニュー変更すると生肉をもう1日保存しなければならないので、多少の無理は承知で焼き肉決行である。いくら雨でもテント内で焼き肉は絶対嫌である。よってテント外へ・・・

 雨が小やみになった時を見計らって焼き肉を始めたつもりだったが、焼いているうちにまた降りが激しくなった。
 最初は傘を差して焼いていたのだが、あまりに激しいので仕方なくレインウエアを着て焼く羽目に。俺のパタゴニアのレインウエアが油まみれになってしまった・・・

 

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テント内にて

 夜、テント内で大が撮った写真。

 

 


 

 翌8/5。夜中に一度、素晴らしく晴れ上がったのだが、夜が明けるとやっぱりまだ曇り空である。それでもこれから悪くなっていくことはあり得ない、といつものとおり立山登山を決行である。

 

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もうじき出発 (Hさん撮影)

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浄土川の橋を恐る恐る渡るRさん・・・

 なんせ合流して一夜が明けたが、H家とYさんRさんはほぼ初対面である。私だって昨日初対面したばかりで、まだよく知らないのだが。

 というわけで軽く紹介しながらの行動開始となった。

 この最初の橋を渡る時点で、Rさんがかなりの高度恐怖症、ということが判明し、以後彼女は2日間、からかわれ続けたのであった。

 


 

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神の道から雷鳥沢キャンプ場

 時折、部分的に日差しが当たって綺麗である。
 この写真は、キャンプ場にちょうど日差しが当たったときである。

 

 


 

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一の越から出発する子供隊

 今回、子供たち4人はある程度先行して歩かせている。
 子供たちだけで行動してくれると、まとわりつかれなくて劇的に楽だ、というのはカミさんの感想である。
 H家のカミさんも同意見だったので、ガキどもは父親にはそれほどぶつくさ言わなくても、母親にはこっそりぶつぶつ言っているらしい。

 


 

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雄山〜大汝山の稜線

 天候は悪くはないのだがあまり安定しない。
 上の一の越の写真のように綺麗に晴れ上がったかと思えば、次の瞬間にはガスで覆われたりしていた。

 雄山では晴れていたのだが、こうして大汝山に至る稜線に入った途端、こんな感じである。


 

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この雪玉を食らえ!!

 大汝山でもやはりガスだった。
 頂上付近に雪田を見つけ、雪合戦で遊ぼうとするガキども。

 

 


 

 天候はずっと不安定ながらも保っていたし、快調なペースで歩けていたので、今年は剱御前まで歩こうとは決めていたのである。
 だが、大走りとの分岐付近ではガスの合間から発達中と思われる積乱雲が顔を覗かせていたりして、雷だけはなんとしても避けたい我がパーティーは大走り経由で下山、とあっさり決めてしまったのだった。カミさんは最後までぶちぶち言っていたが・・・

 

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仲良く連れション

 大走りでは少し雨も降った。なので分岐からしばらくは雨具を着けての行動となった。

 仲良く連れションする生とY太。

 

 


 

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雪合戦開始!

 大走りから下りきった雪渓でまたもや雪合戦を始めるガキども。と大人2名。

 


 

 テント場に帰着したのが午後2時。
 それから夕食後のデザート用のプリンの仕込みをしてから温泉にGo!である。いつもは雷鳥沢ヒュッテの方に行くのだが、今回は非常に混んでいたのでロッジ立山連峰の方に行った。風呂上がりにはもちろん生ビールである。
 何年か前にロッジ立山連峰で風呂に入ったH家は、こちらの方が100円高いとか生ビールがなかったとかいう理由で、以後ずっと雷鳥沢ヒュッテに来ていたそうである。今回はちゃんと生ビール、あったよ。そりゃそうだよなぁ、いつまでもライバルにリードされたままでは商売に差し支えるよな。
 でも、雷鳥沢ヒュッテがあれだけ混んでいたのに、ロッジ立山連峰はほとんど貸し切り状態なほど空いていた。一度リードされると挽回するのは大変なんである。
 ま、生ビールはあったけど、他のメニューはちょっと少なかったかも。結局大と生はH家のカミさんは財布握りしめて雷鳥沢ヒュッテに遠征していたし。
 まあ我々は生ビールさえあればいいのだが、注文するのが小屋の帳場で中に入らなければならないのは遠いぞ。私だったら食堂のテラス側にカウンターでも作ってバイトを1名、そこに張り付かせるが。

 酔っぱらってよたよたの足取りでテントに帰ってきて、夕食である。今回は別に食糧計画は揃えてきていないので、食事は3パーティーそれぞれである。でもまあ山の食事なんてそんなにパターンが多くあるわけではないので、うちが初日の昼にホットドッグ、2日目の夜にレトルトカレーなのに対し、H家は初日の夜にカレー、2日の夜がスープパスタとホットドッグ、というように、似たようなメニューをずらしたような構成になってしまうのだった。

 

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ロッジ立山連峰で宴会♪ (Hさん撮影)

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Hさん撮影

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立山の夕焼け(ちょい画像処理有り)

 その日は雲が多かったので「今日は焼けるぞ」と思ったのだが、案外たいしたことはないままに終わってしまった。
 なのでちょっとだけ画像処理を加えてみた。実際はこんなに真っ赤にはならなかったのよ。

 


 

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「集会用テーブル」で宴会!

 ここで初めて、子供たちが製作した「集会用テーブル」が役に立つことに!
 大人は全員テーブルに集結し、ランタンをテーブルの中央に灯して軽く飲んでいたのだった。まあ、酒をそんなに持ってこれるわけでもないので、飲んでいたのは紅茶のウイスキー割りだったのだが。これ、酒が苦手な人もけっこう飲めるし、ウイスキーの小瓶1本持ってくれば良いのでたいした荷物にもならないし、なかなかヒットだと思うよ。

 子供たちはその間、うちのテントに集結していた。

 まあ山のテント場なので8時にはお開きにして寝たのだが、子供が集結していた我が家のテントは、それはそれはぐちゃぐちゃの状態で・・・


 

 天候はどんどん良くなっていた。この日の夕方から晴れ上がり、夜空は素晴らしかった。写真も撮ったのだけど、ちょっと失敗してしまったのでここには載せれない・・・また来年か。
 夜中も何回か起きて夜空を見ていたが、天の川がはっきり見えるのは夏では久しぶりのような気が。やはり荒れた後だったので空気が澄んでいたのだろうな。
 Y氏とRさんも夜中にテントから出てきて夜空を見ていた。前日の嵐だけだったらもう二度と来ないかもしれないものね。良かった良かった。

 翌8/6。ようやくスカッとした夏山らしい天候になったのだった。
 例年、この日は撤収するだけなので昼過ぎまでうだうだしているのだが、今回は弥陀ヶ原まで歩いて降りる計画になっている。従って適当に撤収しないと。
 そして東京から黒四ダム経由できているYさん達も弥陀ヶ原まで一緒に歩くというのだ。弥陀ヶ原から室堂にバスで登り返し、そこから下山するのだと。なんてつき合いの良い人達だ。ま、昨夜我々がさんざ「立山で一番良いところは天狗平」とか「天狗平から弥陀ヶ原の道はほんっとうに良いよ〜」などとさんざ刷り込んでいたからなのかもしれないが。

 だが、私は大切なこと、すなわち天狗平〜弥陀ヶ原の道には鎖場がある、ということをRさんには教えていなかった。だって浄土川の橋を渡るのにへっぴり腰になっていたRさんにそんなこと教えたら「行かない」って言い出すかもしれないではないか。
 Rさんの名誉のために付け加えておくと、朝は橋を渡るのにへっぴり腰だったのだが、昼過ぎに帰ってきたときは同じ橋をもっとスムースに渡っていたのである。1日でずいぶん進歩したので、鎖場も大丈夫だろう。
 ま、なんせ5年前に大と生がたいしたヘルプもなしに通過できた鎖場だし。ただしその時一緒に行った弟の嫁は鎖場を通過した途端号泣していたが。

 

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早朝のテントサイト (Yさん撮影)

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Yさん撮影

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ペグハンター達・・・

 ともあれ撤収準備。
 恒例の「残置ペグ集め」に出かける子供達である。

 が、収穫はほとんどなかったらしい。去年は「不況だから」なんて訳のわからない理由を付けたが、どうも大によると私がこのサイトで残置ペグ集めのことを書いたせいで、この遊びが流行ってしまってペグがなくなってしまったんだそうだ。
 つまり俺のせいだと。
 でも、こんな遊びを面白いと思うヤツは少数派だと思うが・・・

 


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ペグハンター達 その2

 

 


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全員集合!

 出発前に集合写真である。
 今回、生がまともな顔で写っている写真が1枚もないのは・・・

 


 

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天狗平〜弥陀ヶ原間

 この道、天狗平から下は鎖場以外はずっと木道なので、スニーカーの方が歩きやすいかも。
 でも、とにかくだだっ広い草原をてくてく歩くのはとても気持ちが大きくなって良いよな。
 あまり急ぐ気にもなれず、のんびりと歩く一行であった。

 


 

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鎖場を集中して通過中のRさん

 さて、いよいよ問題の鎖場である。それほどシビアな場所はないのだが、意外に長いのである。
 子供達は問題なくすいすいと通過して、問題はRさん。
 でももう少し面白い写真が撮れるかと期待したのに(爆)、意外にあっさりと通過してしまったのだった。

 

 


 

 鎖場を通過した一ノ谷で昼食。うちはビスケットと味気ないメニューなのだが、サラミとコンソメが残っていた。しかもいつ使う予定だったのか春雨まであったので、コンソメスープを作ることに。
 隣でYさん達がなんと餅を焼いていた。最終日の昼まで餅をキープするとは。
 で、その餅で彼らはぜんざいを作って、そのお裾分けをいただいた。美味かった。
 子供達は川の淵の両側から石を投げ込んで飛沫を掛け合うゲームに夢中になっていたので、このぜんざいのことは今でも内緒なのである。

 さて、Yさん達はバスで室堂まで登り返さなければならないので、あまりのんびりもしていられない。弥陀ヶ原までもう少し。

 最後、追分との分岐から弥陀ヶ原まで、大をタイムアタックさせてみた。
 するとなぜかその後ろをHさんが走って追いかけ始め、あろうことかTちゃんまで走り出した。なんか私も走らざるを得ないような雰囲気に・・・

 

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瀕死の俺 (Yさん提供)

 で、走ったらこうなった。死ぬかと思った。70Lのザック背負ってるんだぞ〜。

 


 

 ちなみに大はこの後、道を引き返してカミさんのザックを担いで戻ってきた。
 Tちゃんも大と一緒に引き返し、H家のカミさんのザックを担いで戻ってきた。
 同じ時、Yさんも一緒に道を引き返していったので、Rさんのザックを担いでくるのかと思ったが・・・横で「頑張れ」と励ますだけだったらしい。

 

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気をつけて〜

 というわけでいよいよYさん達とはお別れである。
 初日に入山したときはみくりが池はガスの中で見れなかったらしく、バスの待ち時間の間に行けるか?とか話しながらバスに乗り込んでいった。

 


 

 室堂行きのバスが出た直後、今度は美女平行きのバスがやってきたので、我々も下山である。
 弥陀ヶ原ではもう「下界の暑さ」だったので、それほど未練もなくバスに乗り込んだ。
 ちょうどケーブルにすし詰めになって乗り込む頃、携帯にYさんから「みくりが池を見れた」と写真付きのメールが来た。

 下山して風呂に入って、どこで飯を食おうということになったのだが、Hさん達は大阪在住なので富山の回転寿司の美味さを知るまい、ということで回転寿司へ。
 寿司食いながらテーブルに積み上げられた皿を写真に撮ってYさんに「寿司食ってるぞ〜」とメール出したら、やはりYさん達も松本で食事中だったようでメールが返ってきた。東京帰着は12時回っていたそうな。

 というわけで今回は天候にはもうひとつ恵まれなかったのだが、その分仲間には恵まれたのでたいへん楽しい山行になったのだった。
 やはりウマが合う人が2人いれば2倍の2乗、3人いれば3倍の2乗楽しいのだった。
 H家は合同キャンプ&ハイクも2回目だし、それ以外にもちょくちょく家を行き来していたりしているので、ウマが合うのはもう判りきっていることなのだが、YさんとRさんがこれほどウマが合うのは、メールのやりとりで「もしかしたら」と思ったのは我ながら良いカンしていた。まあたまたま予定がうまく合ったりしたから合同キャンプができたわけで、「縁」なんだよな、まったく。

 

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