好きな山あれこれ−比良その他

比良山系

 なんといっても山を覚えたのがここなので嫌いなはずがない。
 ただ、武奈ヶ岳周辺はあれだけしつこく行ったのに、南の蓬莱山周辺はそれぞれの道を1回ずつくらいしか通っていない。あまり好みではなかったということなのだろう。
 比良はとにかく登山道という登山道は全て歩いた。武奈ヶ岳から梅の木集落に直接下る細川尾根のような、登山道でない道も歩いた。白滝山から蓬莱山への尾根は登山道が存在しないのだが、そこを歩いたこともあった。春のヤブが薄い時期に行ったのだが、尾根といっても地図ではかなり広くてはっきりしない地形であり、ルートファインディングもヤブこぎもかなり覚悟して行ったのだが、ちゃんと踏み跡はあったので意外に苦労せずに行けた。
 しかし比良で面白いのは沢登りの方だった。
 表比良(琵琶湖側)の谷は水量も少なくガレた沢が多く、あまり面白くない上に源頭部では苦労させられる沢が多いので、それほど好きではない。
 だが、裏比良(安曇川側)は面白い沢が多かった。

 朝一番で正面谷を登って口の深谷の源流部にテントを張り、そのまま登山道を下って奥の深谷に入り、テントまで戻って1泊。次の日は武奈ヶ岳から細川尾根を下って梅の木に降り、貫井谷を登る予定が谷を間違えて支沢に入ってしまい、時間切れでテントを放置したまま帰宅、翌週に別の人と猪谷をやって武奈ヶ岳まで北方稜線を縦走してテントに到着、翌日登山道を降りて口の深谷を登り返し、テントを回収して下山、というように縦横無尽に駆け回っていたこともあった。
 その時登り損ねた貫井谷は後日、単独で登ったが、確かに比良一番の悪谷だった。武奈ヶ岳からダイレクトに安曇川に落ちる谷なので、とにかく谷全体の傾斜が強い。というより、谷全体が1つの滝と言った方が良いかも。水量が少ないのでほとんどの滝に淵がない。つまり落ちたらただでは済まない。さらに少ない水量のせいか、やたら岩がぬめっていて滑りやすかった。そういう意味で確かに難度は高かったが、それだけ面白かったかというとちょっと違う。
 猪谷は「貫井谷に次ぐ難度」というふれこみだったが、確かにそれはそうかもしれないのだが難度は格段に易しかった。緊張した場所は1カ所しか覚えていないもの。貫井谷は最初から最後まで半泣きだったのに(単独だったし)。猪谷も水量が少なくて物足りなかった。
 明王谷の3つの支沢である奥の深谷、口の深谷、白滝谷はどれもかなり水量があって楽しかった。
 その中で白滝谷は技術的に物足りなく、しかも登山道がすぐ横を通っているので沢登りの対象としてはもうひとつで、口の深谷はけっこう楽しいのだが、水量が少し少ないのと(それでも貫井谷や猪谷に比べれば多い)、ちょっと冗長かな、という気がした。文句なしに面白いのは奥の深谷だった。水量は飛び抜けていて、比良の谷で唯一水泳ができる沢だったし、出てくるゴルジュも滝もかなり手応えがあった。難所にはほぼ完全に巻き道が綺麗に付いているので、単独で入ってもなんとかなってしまうのだが、完全遡行は至難の業だと思う。私は2つほど高巻いてしまった滝がある。
 この3つの谷は、ベースキャンプを上手く設定すれば1日で3本ともできてしまう。

 Y字形をなす比良山系の上のYの字の間を流れる八池谷は、いわゆる「八淵の滝群」として有名である。ここも水量は奥の深谷に負けないくらいあるし、滝もゴルジュも面白いのが揃っているのだが、登山道がすぐ横を通っているため、ちょっと興を削がれた。

 比良に岩登りができる岩場はほとんどない。56年の琵琶湖国体の時は楊梅の滝の上にあるシシ岩が岩登り会場になった。まあスケールはたいしたことはないが、岩質が堅くてそこそこ楽しめた記憶がある。
 堂満岳の南に「南壁」があるらしいのだが、どこか判らなかった。もしかしてあのヤブだらけの岩場か?と思う岩場らしきものは発見したのだが・・・今は深谷が激しく崩壊してしまったのでアプローチすることも難しいのでは。

 堂満岳の北側は、いわゆる「堂満ルンゼ」としてわりと有名だが、大学に入ってから2月に行ってみたら、「雪上訓練にはちょうど良いかも」という程度の場所で、イメージが壊れてちょっとがっかりした記憶がある。

鈴 鹿

 鈴鹿は高校時代には高体連などの競技登山で数回行ったほかは仙ヶ岳から鎌ヶ岳の縦走をやったくらいである。別に好きでないとかいう理由ではなく、金のない高校生には交通費の負担が大きかっただけであった。鈴鹿の滋賀県側は、多くは近江鉄道という私鉄でアプローチするのだが、この電車賃が非常に高かった。富山でも富山地方鉄道は高い。田舎の私鉄ってこんなものなのだろうか。
 電車の駅からも便数の少ないバス、さらに林道歩きとアプローチは長く、休みの少ない高校生にはきつかった。
 それともう1つ、鈴鹿から足が遠のいた大きな理由が。
 鈴鹿にはヒルがいるんだぁぁぁぁ!!
 いるとは聞いていたが、いざ血を吸われると・・・雨降りのヤブこぎだったのでやられるのは判っていた。しかしふと足元を見るとうようよと蠢くヒルの群れ・・・
 疲れも忘れて林道まで駆け抜けたが、安全地帯(林道)まで出てから靴下を脱ぐと一塊りのヒル。襟元にもヒルの塊。パニックになってその場ですっぽんぽんになり、ヒルを全て引き剥がし、その数を数えたら(数えるなよ)実に72匹であった。・・・嫌だぁ!

 大学になってからの御在所は藤内壁限定だったのでヒルの鈴鹿と同じ山という気はしなかった。
 藤内壁はゲレンデというにはスケールが大きく、楽しいところだった。フェース、カンテやジェードル、クラックやチムニーまで、たいていの登攀技術を磨けるルートが揃っていた。
 御在所に行く時は土曜日はテント場に入り、近くにあるウサギの耳という岩峰でフリークライミングをし、日曜日に一壁を数本やってから前尾根に行くというのが定番だった。まあ私は岩登りは下手だったので、フリーのルートなどはついていけなかったが。

 鈴鹿の北端の霊山は冬に何度かトレーニングで出かけた。高校の冬山合宿でも一度行ったはずだ。
 頂上部はだらしない地形で、吹雪くとリングワンデリングの練習(?)に最適だった。実際テントまで戻れずビバークするハメになったこともある。夜中に吹雪が晴れたらテントから50mと離れていない場所でビバークしていたのだった。

台 高

 子供の頃、親に大台ヶ原に連れていってもらった他は、高校時代の2回しか行っていない。その2回とも、2〜3泊の日程中、他の人間には1人も出会わなかったし、主稜線でもヤブがかなりきつかった。全体に非常に静かで人の気配のしない山だった。
 明神平〜薊岳の稜線も道は非常に頼りなく、交差する獣道の方がよほどしっかりした踏み跡になっていたし、池小屋山頂上付近や薊岳の稜線はむせるほど獣臭かった。池小屋山頂の小屋池は、たぶんシカのヌタ場になっていたのだろう。
 10月は紅葉真っ盛りの頃で山一面の紅葉が素晴らしく、またシカの繁殖期でもあったので夜はシカの鳴き声で眠れないほどだった。
 12月は雪はまだなかったが、山一面に樹氷が付いていてそれがまた綺麗だった。
 そんな中、自分たちの他には誰にも会わず、獣の臭いを嗅ぎながら藪をかき分け、地図を読みながらルートを決め、突然目の前を横切るシカに驚きながら数日間を過ごせば・・・もうイメージの中の台高は無限大に「良い山」である。
 なのでもう一度行ってみたい気もするのだが、行ったらがっかりしそうな気もする。登山道はかなり整備されたようだし。

奥美濃

 大学時代に沢登りでずいぶん行った。奥美濃といってもずいぶん広いのだが、川浦谷は3回ほど行ったし、冠山や能郷白山にも登っている。
 だいたい奥美濃の山は大学の裏山という認識だったので、計画も立てずいきあたりばったりで行くことが多かった。というより全てだった。冠山と能郷白山の他にもいくつか登っているはずだが、記憶にはないし記録もない。写真もない。沢も川浦谷だけでなく、けっこう行っているのだが、これも記憶も記録も写真もない。まあ、車で走っていてちょっと面白そうな沢を見つけたらすぐさま車に積んであるギアをひっつかんで突入、というパターンも多く、その場合は記録どころか沢の名前も判らずじまいだったりした。沢を行けるところまで行って、下降は登った沢を降りるパターンがほとんどなので、地図すら持たない場合もないわけではなかった。いや、わざわざ地図をサボったわけではないが、車で走っていて見つけた沢にその場で突入、という場合は結果として地図がなかった、というわけで。(言い訳)
 突入したら凄いゴルジュが出てきて1人では手も足も出ず、翌週友達を無理矢理誘って再び来たものの、入り口を忘れてしまって判らず、適当に入った沢はなんにもないつまらない沢で顰蹙を買ったこともあった。
 たまに地図持って計画してから行くと、なんとなく稜線まで出てしまい、奥美濃特有の酷いヤブに突入するハメになった。「下降はこっちの沢の方が楽そうだ」とか考えるとこうなる。
 奥美濃のヤブは俗に「Y級のヤブ」とか言われていたが、知床のハイマツのヤブこぎの話などを聞いたり読んだりすると、奥美濃ごときでYを名乗るのはおこがましい、と思う。W+かせいぜいX−というところだろう。
 ヤブこぎといえば、比良のシャクナゲのヤブもかなり手強いものがある。ただ、比良はヤブこぎする距離が短くて済むのでW+というところだと思う。
 やはりY級のヤブはハイマツにこそ相応しい。赤木沢の源頭部でよりによって北の俣岳のハイマツ帯に突っ込んでしまった時は、確かにこれが半日続けばY級だ、と思った。

 

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