はんまー

 

 言わずと知れたハーケン打ちやボルト埋め込みに使う道具がハンマーなのだが、これも学生時代はあまり拘った記憶がない道具である。そもそも自腹切って買ったことがない。いつも部室に転がっているものを適当に持って行く、という感じだった。
 そもそも部室にあったハンマーは、いわゆる「登山用」のモノだったのか?大工用の金槌とはどこが違うのだ??
 もちろん家庭にある金槌程度のモノではハーケンを数枚打っただけで寿命が来てしまうので、それなりのものだったのだろうが・・・あ、でも近所の岩場のルート整備にハーケンを打つ必要が生じたとき、近くのホームセンターで金槌(その店にあった一番丈夫そうなやつ)を買ってきて使ったら思いのほか感じが良く、しばらく愛用していたことがあったな。

 そもそも普通にゲレンデや剱あたりの一般的な岩登りルートを登っている限り、ハーケンなんてそうそう打つ機会はないので、ハンマーなんてお守りのように持っているだけ、ということも多かったから、あまり拘ったり愛着を持ったりする道具じゃなかったのだ。

 

 でも、沢登りではハンマーは非常に使用頻度が高い道具なのだ。まあ沢でも入渓者が多い沢だったら残置も豊富で自分でハーケンを打つことも少ないのだが、人が少ない沢や人とは違う登り方をしようとすると、かなり頻繁に使う道具なのだ。そうすると、それまではあまり気にならなかった、重すぎるとか軽すぎるとかグリップが滑りやすいとか、いろいろなことが気になり始めるのだ。

 

 話は変わるが、私が高校〜大学時代は、ピッケルはまだウッドシャフトが多かった。私が初めて買ったピッケルもウッドシャフトだったし、大学の山岳部も一時期は全員がウッドシャフトのピッケルを使っていた。まあ貧乏学生なので世の中の流行からは常に数年は遅れていたのだけどね。ゴアテックスのレインウエアやアウターも持っているやつはまだいなかったし。

 で、そんな中、メタルシャフトのピッケルが世の中に出回り始めるのだが、強度や耐久性の点でメタルシャフトが有利だと分かり切っているのにウッドシャフトへの愛着が捨てきれず、「メタルシャフトのピッケルを握っていると凍傷になりやすい」などと儚い抵抗が山岳雑誌などでも繰り広げられていたのだった。

 そんな中、カジタがジュラルミンシャフトのピッケルを出してきた。出たのは確か私が中学生の頃だったと思うが・・・
 そのカジタのピッケルは何しろ軽かった。航空機に使われる金属、みたいな宣伝がされていたと記憶しているが。そして安かった。当時はピッケルは2〜3万円が相場だったのに、カジタは1万円台前半で出してきたのだ。売れないわけがないだろう。
 かくしてカジタのピッケルは飛ぶように売れたのだった。テントの前に刺してあるピッケルが全てカジタ、みたいなパーティーもいたりして、間違わないだろうか?と他人事ながら心配になったものである。

 ただ、私はあまり好きではなかった。造形があまりに安っぽかったので・・・ブレードなんて金属板を捻っただけ、みたいな形だったし。まあ機能を果たせば形なんて何でも良い、という人もいるし、その機能が問題ないのであれば、却ってそういう素っ気ない形が格好良く見えてくる、ということもあるので、カジタピッケルはよく売れたのだが。

 カジタもモンベルが吸収したような形になってしまったね。一世を風靡したブランドだけに世の移り変わりを感じるなぁ。

 そのカジタが、アイスバイルを出した。
 このアイスバイルが変わっていて、ピックの断面が半円状だったのである。ハーフパイプをピックにしたような感じである。
 これが氷に非常に良く効く、と評判だった。

 これは沢に使えるのではないか・・・?と思った私は1本買ってみた。沢でも標高や季節によってはスノーブリッジの処理をしなくてはならないときもあるし、高巻きでは草付きや泥壁にピッケルが欲しい・・と思ったことも多々あったので、ピックを備えたハンマーがあればちょうど良いじゃないか、と常々思っていたので。(当時、他にもあったのかもしれないが、少なくとも部室にはなかった)

 使ってみたらむちゃくちゃ良かった。草付きや泥壁に半円断面のピックが効くことったら。
 まあハンマーとして使うには携帯性は良くないしハンマーヘッドも小振りなので少し振りにくかったのだが、あまり気にせず気に入って使っていたのだった。

 そのカジタのアイスバイルは部室に置きっぱなしにしていたのか、いつの間にか手元からはなくなっていた。まあ登山靴やピッケルまで部室に置きっぱなしにしていたし、しばらく置きっぱなしにしていると普通に共同装備になっていたから、自分でも確かに自分のモノだったか、よく判らなくなってしまうのである。

 

 そのカジタのアイスバイル、数年前にヤフオクで見つけて懐かしさに思わず落札してしまった。何かに使う当てもなかったのだが。

 

 今年になって少しまともな沢登りを再開してみようということになったとき、登攀関係の道具はいろいろ買い直したものも多かったのだが、ハンマーはまあこれでいいや、と思っていたのだったが・・・

 

 千石川で敗退したとき、実は試しに1本ハーケンを打っていたのだが、その時に久しく忘れていた「ハーケンを打つ快感」を体が思い出してしまった。叩き込むごとに甲高い音を発するハーケン打ちって、手応えがかなり好きだったんだな。

 それと同時に、「やはりこのバイルではハーケン打ちはやりにくい」ことにも気づいたのだった。いや、バイルなんだからハーケンが打ちにくいと言われても困るだろうけどさ。

 まず少し長いので、ハンマーとして使うときは自然に少し短く持つようになるのだが、そうすると体勢によっては振る度に尖った石突きで顔を突きそうになる。ハンマーヘッドが小振りなので外しやすい、重量バランスもそれほど良くなく(短く持っているからそう思うのだろうが)力が無駄なく伝わっている感じがしない、等々。
 学生時代はそれらのネガは有り余る体力でカバーしていたし、このピック形状が七難を隠していたのだが、久しぶりに打つとなんだか気持ちよくない。

 

 ・・・で、ミゾーのハンマーを買ってしまったわけである。

 

ハンマー

左がカジタのアイスバイル、右がミゾーのロカハンマー穴あり

 

 左がカジタのアイスバイル、右が新しく買ったミゾーのハンマー(ロカハンマー)である。

 ミゾーは前から気になっていたのだった。たかがハンマーのくせになんでこんなに格好いい???
 過去にも何度か用もないのに衝動買いしそうになり、その度に危ういところで留まっていたのだが、今回は使うんだもん。誰にも俺を止められないぜ

 好日の店頭在庫って、なんか微妙に私の好みとずれていて、店頭にないモノを取り寄せて購入することも多いのだが、この冬から春にかけて登攀用具を買い直している間、店頭には何故かロカではなくチコが置いてあった。チコではちょっと軽すぎて買う気にならなかったのだが(ロカが置いてあれば春までに絶対に買ってた)、他にも買うものがたくさんあったのでわざわざ取り寄せてまで買う気にはなっていなかったのであった。
 しかしこのタイミングでロカを置いてあるとは・・・やるな、好日。

 いやもう、長さといい重さといい、重量バランスといい、まさに「俺のハンマーが鉄サビを吸いてぇと夜泣きするぜ」状態である。

 千石川に行ったときにこのハンマーを持っていれば、その場で嬉々としてルート工作してたな、きっと。

 というより、これを買った週に再び千石川に単独で入り、例の第七堰堤のルート工作は済ませてある。そりゃもう嬉々として。

 

 

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