2020 年秋 北海道ツーリング
Part I
日付 |
走行場所 |
主な走行路 |
走行距離 |
9/17 |
富山〜新潟(フェリー乗船) |
R8〜R352〜R402 |
250.5km |
9/18 |
小樽〜苫前(テント) |
R231〜R239〜道道1049 |
272.3km |
9/19 |
苫前〜稚内〜宗谷岬〜猿払(テント) |
R232〜道道106〜R238 |
274.5km |
9/20 |
猿払〜網走(テント) |
R238〜エサヌカ線〜R239 |
321.7km |
9/21 |
網走〜知床峠〜中標津〜釧路〜音別(テント) |
R244〜R334〜R335〜R272〜道道8〜R243〜R272〜R38 |
387.0km |
9/22 |
音別〜襟裳岬〜厚真町(テント) |
R38〜R336〜道道34〜R336〜R235 |
379.4km |
9/23 |
厚真町〜支笏湖〜小樽(ホテル) |
R276〜R453〜R5 |
149.4km |
9/24 |
小樽〜神威崎〜小樽(フェリー乗船) |
R229〜道道913〜R5 |
162.8km |
9/25 |
新潟〜富山 |
R402〜R352〜R8 |
260.7km |
合 計 |
|
2458.3km |
<前振り>
さて、今年もまた秋のツーリングの季節がやってきた。
だんだん長期休暇も雰囲気的に取りにくくはなっているのだが、ここは「管理職自らが長期休暇を取る事によって若い人が休みやすい職場の雰囲気を作る」ってことで、今年も断行したのだった。
しかも今回は連休を挟んで11連休だ。実際は最後の日曜日に出勤日が入ったので10連休になったが。最後の日を用具やバイクののメンテに充てるとすれば、旅は9日間確保できそうだ。
最初は3年ぶりに青森に行こうと思っていたのだ。
なんせ青森は、「キリストっぷ」でなにゃどやらのCDの残りのテクノ版とボサノバ版を買いに行く、味噌カレー牛乳ラーメンを食べる、三内温泉に入る、1日の乗降者数が2桁しかない新幹線駅である奥津軽いまべつ駅を見に行く、仏ヶ浦の遊覧船に乗る、等々、宿題が山ほどあるのだ。青森に1週間は滞在しないとこれらの宿題を片付けられないではないか。
しかも。今年は私の今の一押し作家の1人である越谷オサムの小説「いとみち」が映画化されることが決まり、ちょうど9月の連休前後に津軽でロケがあるとの情報が。
ちなみにこの話、同級生ですら聞き取れないほどの強烈な津軽弁が一因で強い人見知りである女子高生の"いと"が、その人見知りを治すために青森市内のメイドカフェでアルバイトを始めるところから始まる青春小説で、いとの高校3年間を3冊で描いている。
小説中も多くのセリフが津軽弁で書かれ、いとの婆ちゃんに至ってはセリフが記号で書かれてい るので何と喋っているかはいととの会話から推察するしかない、という設定なのだ。(巻末に50音対応表があるのを見つけた時は笑い死ぬかと思った)
少し補足すると、いとがコテコテの津軽弁話者になったのは、幼い時期に母親を亡くして祖母に育てられたからなのだが、この祖母がまた津軽三味線の名手で、3巻では何とヴァン・ヘイレンとのセッションまでしてしまうという、物語の本筋とは関係ないところで八面六臂の大活躍を見せるイカした婆ちゃんで、普段からヴァン・ヘイレンやビーチボーイズの曲を三味線で弾く描写など、映像化して実際に聞いてみたい!と思わせるではないか。
そしてその婆ちゃんに育てられたいとも津軽三味線の腕はかなりのものなのだが、わけあって今は三味線の演奏を封印している…というあたりが1巻の話の本筋な のだ。
これを書いた直後にエディー・ヴァン・ヘイレンの訃報が飛び込んできた。
そうか…、もし映画が好評で続編があったとしても、もうこの「ばあちゃんとエディー・ヴァン・ヘイレンとのセッションシーン」は実現しないんだ…。それは悲しい。
ちなみにばあちゃんのキャスティングは、俳優ではなく本物の津軽三味線奏者をあてているあたり、製作陣は分かってらっしゃる!(^^)!
という「いとみち」が監督や多くのキャストを青森出身者で固めオール津軽ロケで撮影、ということになれば、そりゃロケ現場を見てみたいとも思うよねぇ。ちなみにクラウドファンディングにも投資したので、映画が完成した暁にはエンドロールに私の名前が流れることになっている(笑)
というわけで、今年は青森、って思ってたんだよ。ほんとに。
でもね、3年前に青森に行った時も大間から函館を臨んで、「渡っちまおうかなぁ」と 思ったのも事実。
北海道は学生時代に一度行ったきりで、しかもその時は全日程のほとんどが雨、という散々なツーリングだったので景色なんて何も覚えていない。ぶっちゃけ北海道は未見、と言っても差し支えない。
10連休なんて今後、そう簡単には確保できないだろうしなぁ…
などと思っていたところに新日本海フェリーがGoToキャンペーン対象になったとの情報が。
通常、新潟〜小樽でバイク(750cc未満)込みで18,500円かかるところを、なんと12,000円ほどで行けてしまうのである。
こりゃ、「行け」と神様が言ってるんだよね?
というわけで、出発日の3日前にフェリーの予約をした。もう一番リーズナブルな個室であるツーリストSは最後の1部屋だった。
しかしこの時点では青森にも未練タラタラで、道北をさくっと回った後で後半は函館から大間に渡り、青森から陸走して帰ってくるつもりだったのだ。例によって細かい計画など立ててないけど。
<9月17日>
というわけで出発。
新潟からのフェリー出港は正午なのだが、小樽から着岸する様子を見たかったので(午前9時半に着港するはず)、17日に日付が変わって間もない深夜に出発し た。
今回の荷物はこんな感じ。
積載システムそのものは昨年の山陰ツーリングから変わっていないが、荷物は若干増えている。
増えた荷物は、テーブル、チェア、ソロ用焚火台等々。でもこのシステムに楽に収まっている。
今回の積載はこんな感じ |
この日は降られる予定はなかったのだが、新潟市に入ったあたりでかなり激しい雨に遭遇したりして、ややバタバタしながら新潟港に到着。
さあ、小樽発のフェリーよ、来るんだ!
フェリーの着岸の様子 狭い港内で転回している |
見てたら前進で港内に入ってきたフェリーが、この狭い港内で転回している。
バックで車庫入れ? |
180°転回したら、そのままバックで着岸してくる。
バックの車庫入れやん。かっけぇ。
ほぼ着岸完了 |
さて、着岸も見たことだし、乗船手続きだけして給油と買い出しに出たのだが、10時過ぎに帰ってきたら、もう下の写真のような状態に。
今日はバイク多いわ みんな並んでます |
10時前に帰ってきたらもう並び始めていたので、とりあえず自分もバイクを列に入れたのだが、11時前にはもうぎっしり。
今日は100台以上いるな。
11時15分頃からバイクが先に乗船開始。フェリーに乗船する時って、無闇にテンション上がるよね(笑)
バイクを停めて客室へ |
この船には一応バイク専用の区画があるのだが、そこに停め切れずにこれだけのバイクが四輪用の区画に停められている。これでまだバイクは乗船が完了していない。やっぱ多いんだろうな。
さて客室へ。
4年前にツーリストA(例えるならカプセルホテル)では暑くて寝れなかったので、今回はツーリストS(例えるならビジホ)で。
ツーリストSの室内はこんな感じ。
狭い。狭いが荷物を置くスペースもちゃんとあるし、何より部屋に鍵がかかるのがありがたい。
ツーリストSの室内 |
そう。この新潟〜小樽を就航しているらべんだあとあざれあは、新日本海フェリーの船でも最も新しい船らしく、いろんなところが少しずつグレードアップしている。このツーリストSに鍵がかかるのも、実はこの船だけらしい。他の船ではツーリストSの出入り口はカーテンなのだ。
あざれあの船内(エントランス付近) |
あざれあの船内はこんな感じ。この写真は5階から撮っている。
バイクや車を停めているのは3階で、1つ昇って4階に出ると案内所とホールがある。
5階にはカフェやレストラン、売店があり、もう一つ上の6階には風呂がある。
とりあえずコーヒーでも |
さて、今日はもうすることはないので船内をのんびり見て回り、風呂に入ってマッサージチェアにかかりながら居眠りをし、日が暮れたらレストランで晩飯を食べながらビールを飲み、もう一度風呂に入って部屋に戻ったらあっけなく寝落ちした。
明日は早朝4時半にフェリーから叩きだされるので(笑)、たっぷり寝ておかなくてはね。
<9月18日>
前日は9時頃に寝てしまったので、午前3時半頃に周囲が騒がしくなってきて目が覚めても、たっぷり寝た感あり。
起きると気になるのが天候。あかん、予報から覚悟はしていたがやはり降ってる。
乗客の多くがツーリングライダーなのだが、今日は稚内に宿を取っているのでこんな天候でも行かなきゃ、なんて人がいて、今日のオロロンは試練の道じゃね?なんて笑っていられるのも船を降りるまでか(笑)
さ、潔く船内でカッパを着込んでのカッパ下船である。
フェリーを降りたよ 降ってるよ(笑) |
けっこうまともに降ってる。
船内持ち込み用の荷物をサブザックにまとめていて、下船時もそれをバッグに突っ込んだだけなので、ちょっと荷物の整理をしたいのだけど、この雨ではそれもできん。
小樽運河もちょっと見てみたかったが(この時は戻ってくる予定じゃなかったし)、まだ真っ暗だしこの雨ではそんな気にもなれん。
これはマジメに走れ、ということだな?とそのまま石狩方面に。
初セイコマ(笑) |
明るくなってきた頃に初セイコマ。まあ別にコーヒー飲んだだけでたいしたものは買っちゃいないけど。
雨は留萌あたりを走っている時が一番激しかったかな。
小平町の鰊番屋までやってきたけど、まだ屋根がある駐輪場には巡り合ってない。
でもこのあたりで少し雨が弱くなってきたので、ようやく荷物の整理ができた。
ちなみにこの間、各地の道の駅には立ち寄ってはいるが、建物内にはほぼ入っていない。
だってカッパを脱いでまた着るの、面倒なんだもの。
なので今のところ、ツーリングしているというよりは、ただ単にひたすら移動している、という感じである。
小平町の鰊番屋にて |
実はここでまだ10時前。
この日は苫前町までのつもりなので、下手すれば午前中に目的地に着きそうな勢い。
午後から雨が上がって天候が良くなってくる予報なのだけど、テント設営はせめて雨が上がってからの方が良いな。
苫前町のとままえ温泉ふわっと |
10時半に苫前に着いちゃった(笑)
雨でほとんど寄り道も長居もせずに走ってきたからなぁ。
とりあえずキャンプ場を偵察。なかなか気持ちの良さそうなキャンプ場だったので、本格的に今日はここまでと決めて、まずはさらなる目的地へ。
さて、その目的地とは?
その1つが、この下写真なのです。
苫前町郷土資料館 |
この苫前町の郷土資料館が今日の目的地の1つである。実はこの日、初めてカッパを脱いで建物内に入った。
何か?
ここ苫前町は、日本史上最大の、おそらく世界的にも例がない羆害事件の 舞台となった場所なのだ。
この事件の詳細はここをご覧いただくとして、この三毛別事件は木村盛武が「慟哭の谷」というドキュメントを、吉村昭が「羆嵐」と いう小説を書いている。が、個人的には淡々と記述されているwikiの記事が一番怖い。これを見に来たかったんだ。
資料館は以前の町役場の建物を利用しているらしく、クラシックで雰囲気のある建物だった。
町長室なんてまだ雑然と展示物が置かれていたりして、ほぼ「町長室」の雰囲気を残しているし。
そして三毛別事件の展示はさすがに力が入っている。
苫前町郷土資料館 三毛別事件の再現展示 |
上写真はリアルスケールの展示。囲炉裏の火もちゃんとそれらしく光るようになっていて、なかなか凝った展示だ。
でも、三毛別事件にこんなシーン、あったか?こういう「男と子供がいる部屋にヒグマが襲撃」というシーンが。
最初の太田家は「女と子供」(阿部マユ34歳と蓮見幹雄6歳、共に死亡)だし、翌日の太田家再襲撃では阿部マユの葬式の場だったので大勢いたし(ここでは死者なし)、その直後の明景家では男1人に女子供9人だったし(ここでは明景金蔵3歳、斉藤春義3歳、斉藤タケ34歳、斉藤巌6歳が死亡)、明景家のシーンを男と子供1だけを切り取ったのかな?
三毛別事件の解説板 |
別の部屋にも三毛別事件の詳細な解説板があった。
これによると、現在復元地があるのだが、そこは最初の惨劇があった太田家よりさらに上流らしい。
死者の数がwikiと資料館で異なっているのは、斉藤タケが身ごもっていた胎児がカウントされているか否か、の違いだろう。
(ちなみにタケの胎児は腹から引き摺れ出されてはいたらしいが食害は受けなかったらしい)
さて、ここを堪能したら復元地にも行ってみよう。いろんな意味でアレらしいとは聞いているのだが、果たして。
三毛別事件復元地 |
復元地。昔、ここに集落があったとは想像もできない原生林の中。
いかにも今でもクマが出そうな場所だが、実際に出たこともあるらしい。ご丁寧にというか、最後の数百mは未舗装路だし。
この未舗装路は演出?それとも?
うーむ、スケール感が(笑) |
おい。そのデカさはもはやクマじゃねーよ(笑)
件のヒグマは体長が2.7m、体重340kgほどもあったらしいが、立ち上がって屋根に届くわけじゃないから(笑)
郷土資料館に北海太郎の剥製が展示されていたが、北海太郎が450kgだったんでしょ。それよりは小さいわけで。
この大きさはもはや象だってば(笑)
それによく見たら指が6本もあるんだよね。
何がどう間違ったらこんなモノを作ってしまうんだ?
裏に回るとさらに物悲しい(笑) |
裏に回るとハリボテ感増し増しである(笑)
室内は何やら投げやりなハンパ感が… |
屋内はさらにやっつけ感が。
新しい板を使っていたり、なんだか作りかけ感が半端ない。
また、照明もないため、ぶっちゃけ説明板の文字が読めない。
もしかして、予算が足りなかった?
郷土資料館の力の入りように比べると、復元地のやっつけ感との落差が激しすぎて混乱する。
しかもしかも、この復元地に至る道には下写真のような看板が。
ベアーロードにようこそ羆嵐へ、か… |
ようこそ羆嵐へ、ベアーロードときた。
事件の凄惨さとのこの落差は何だ。
ちなみにだ。この苫前町のゆるキャラはくまだとまおである。7歳、体長2.7m、体重340kgはまさに三毛別事件のヒグマのもの。
このノリを不謹慎とみるか?
でもそうとも思いきれないんだよなぁ。
この苫前町の人口は約3,000人。この道北の日本海側の市町村はどこも似たり寄ったりだが、人口減少が激しく、産業にも乏しく、北海道の中では観光的にもパッとしない町や村が並ぶ。使えるモノは凄惨な事件だろうが何だろうが使わねば未来はないでしょ。なりふり構ってられないでしょ。
というわけで、この苫前町の観光戦略にまんまとハマった、おそらくレアケース(笑)だ ろう私は、ここ苫前に今夜の宿を決めたのでした(笑)
ここら辺の道の駅は温泉(もしくは風呂)とキャンプ場がセットになっている例が多いのだが、なかなか良い戦略だと思われます。
キャンプ場でテントを張って隣の道の駅に入っている温泉に入って、そうすりゃ飯も食っちゃうよね。ガソリンだってここで入れるよね。
てわけで、観光客という括りでは最も金を落とさない人種であるライダーか ら5,000円あまりも分捕った苫前町、立派です(笑)
…苫前町にふるさと納税もしようかな…
とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場 |
このキャンプ場、悪くなかった。
管理人のおっちゃんが親切で、炊事場やゴミ捨て場もいちいち一緒に回って案内してくれたのは空いていたからだろうけど、上写真で奥に見える貝を模した屋根の建物が道の駅で温泉も入っている。この道の駅、キャンプ場の中を歩いて突っ切って行ける。
基本的にオートキャンプ場で、ツーリングライダーのためのフリーサイトはこの写真の手前の一角だけで、おそらく7〜8張でいっぱいになると思われるので、そんなにあてにするわけにもいかないのだが、この高台を降りて港の方に行けば広大なフリーサイトを持つキャンプ場もある。
その温泉もなかなか良かった。含ヨウ素泉だそうで、海水かと思うくらい塩辛く赤茶色のお湯。
キャンプ場から見る夕陽 |
さて、予報では明日から好天が続くはずなのだが…
ちなみに夕方、テント設営中にもかなりの暴風雨に見舞われた。
この日はフリーサイトに私を入れて3人、オートサイトに1組のキャンパーがいただけだったのだが、オートキャンパーはテント設営を試みるも強風のため断念して車中泊に切り替えていた。
ワンボックス車は良いよね。車中泊もできるから。バイクだと嵐だろうが台風だろうが テント設営しなきゃ寝れないからな(笑)
そういや夜半にも一度、激しく降っていたなぁ。
さあ明日からどうなる?