登山用具メーカーあれこれ

 何年か前の山岳雑誌で、登山用具のメーカー別シェアを調査したデータが載っていた。
 それによるとレインウエアとアンダーウエアのトップシェアはモンベルであった。さもありなんなのだが、ちょっと驚いたのはそのシェアだった。レインウエアではなんとぶっちぎりの35%だったのだ。2位のノースフェイスが10%足らずなので、まさにぶっちぎりである。
 確かに山小屋にいても、乾燥室の中はモンベルが圧倒的に多い。実際はノースフェイスももう少し多いような気がしているのだが、ぶっちぎりでモンベルのトップシェア、というのは動かないと思う。
 アンダーウエアはモンベルとミズノが競っていて、3番手のノースフェイスはやや水を空けられている格好である。
 また、ザックもミレーカリマーの2大巨頭が強いのは当然として、その間にモンベル(ゼロポイント)が割って入っていたりするのであった。

 このモンベル、1975年に辰野氏を始めとしたたった3人でスタートした、というのはよく知られている話だが、今ではすっかり日本のアウトドア業界の巨人になってしまった。もっとも規模だけでいえばノースフェイス(ゴールドウイン)やタラスブルバ(アシックス)の方がよほど大きいはずなのだが、やはり大企業が片手間でやっているブランドは、数は売ってもあまり存在感はないということか。

 このモンベルの凄いところは、素材の多くを自社開発しているところである。
 防水透湿性素材はドライテックとハイドロブリーズの2種を自社開発しているし、フリース素材のクリマプラス、ベースレイヤー素材のウィックロンとジオライン、化繊中綿のエクセロフトと、ほぼ全製品群に渡って自社開発素材を展開している。他社の供給を受けている素材はゴアテックスとショーラーくらいなものである。
 また、例えばナイロン生地ひとつ取っても、強度を向上させる製法や雪面での滑り止め効果など、多くの地味な基礎開発に非常に凝っている。
 この点、やはりほとんどの素材を自社開発していて素材メーカーの供給に頼らなくても製品展開が可能なパタゴニアと似ているといえば似ている。
 モンベルもパタゴニアも、この世からゴアテックスとポーラテックが消滅しても自社商品をフルラインアップできるメーカーである。ま、パタゴニアはRシリーズにポーラテックを使ってはいるが。
 また多くのウエアメーカーはデュポン社に素材の多くを依存しているが、モンベルやパタゴニアは、やはり同社への依存度も著しく低い。

 ま、モンベルの場合はシェルのメイン素材であるナイロンに、かなり独自の技術が投入されているのだが、手に取った瞬間に判りやすい素材感に乏しいのが弱点といえば弱点である。
 例えば冬山用のアウターの多くがスパンライクといって毛羽立ったような触感なのは雪面での滑り止め効果を持たせるためなのだが、これは実は湿った雪だと特に付着しやすい。昔のアウターは雪面での滑り止め効果などまったく考慮されておらず、シリセードするためにわざわざオーバーズボンを履いたものである。現在の製品だと、オーバーズボンを履いてシリセードしようとしても滑らなくて困る。
 もちろんシリセードしやすいということは、滑落した場合になんてことない傾斜でも加速が付いて止まらなくなってしまうということなので、まともな冬山用のアウターはたいていスパンライク生地を使用して滑り止め効果を持たせている。しかしこれは小さな糸を起毛させて滑り止め効果を実現しているので、雪が付着しやすい。特に湿った雪だとその効果も絶大である。
 そこでモンベルは、スパンライクでない見た目は普通のナイロン生地でありながら滑り止め効果を持たせた生地を開発し、自社製品に投入しているのだが、これは実は見た目何の変哲もないナイロン生地に見えてしまうので、困ったことにスパンライク生地の方が高級そうな素材感があったりするのである。

 まあそういう機能ヲタクな雰囲気があるモンベルなのだが、もうひとつの特徴はなんといっても値段が安いということだろう。
 実際、アウターにしてもフリースにしてもアンダーウエアにしてもザックにしても、他メーカー、特に外国メーカーと比べると非常に安い。おそらく何も知らずに登山用具店に入った人は、こんなに安いと機能的に何か不足があるのだろうと思ってしまうだろう、と思うほど安い。機能的に不足があるかというと何もなく、むしろ機能的にも優れている製品が少なくない。
 早い話、特にウエアに関してはイメージとか理屈を超越した拘りを捨て、機能と価格のバランスだけでモノを選ぶとすれば、日本にウエアメーカーはモンベルだけあれば他は存在する必要がない、とすら言える。

 そのモンベルも昔から軽量化には非常に拘っている。
 「ライト&ファスト」というキャッチフレーズ、実はモンベルの登録商標なのである。こんなものを商標登録してしまうあたりは、さすが大阪の商売人という気はする。パタゴニアのカタログにも出てきたりしてしまう言葉であるが、実は勝手に使っちゃダメなんである。ノースフェイスは最近、「ファスト&ライト」なんて言いだした。原因と結果、という順で言えばよく考えると前後が逆転した言葉なのだが、そういう据わりの悪い言葉にせざるを得ないのは、他社の登録商標だからなのだった。「新発想」とかカタログに書いてみても、そうではなかったから前後逆にした言葉を使う羽目になったわけで。

 結局のところ、車の開発競争でもそうだったのだが、軽量化というものは単にあるものを組み合わせるだけではたかがしれている。素材開発からやらないとできないことなのである。なのでまともに開発競争が始まると、けっこうメーカーの体力差が出てくる。
 この数年のモンベルの軽量化はちょっとなかなかのものだと思う。ただの「そこそこ良いものを安く提供する」だけのメーカーではない、という感じがする。
 その超軽量ナイロン生地にバリスティック・エアライトというモンベル自社開発のものがあるのだが、これは独特の素材感がある。
 3レイヤーとして使っているトレントフライヤーあたりではまだ「薄いな〜」と思うくらいなのだが、シングルで使っているシュラフやULダウンインナージャケットなどでは、「こ・・これはほんとにナイロンか?」と思うほどのペラペラ感である。ペラペラ感もここまで来ると「素材感」と言って良いよな。
 昨年出てきたピークシェルネージュクルーザージャケットでは、そのバリスティック・エアライトを使わずに12デニールというさらに薄い生地を使っている。3レイヤーですら思わず唸るほどのペラペラ感である。

 軽量化といえばパタゴニアのハードシェルも凄い。プルオーバーで200gを切ってしまうような、下手なTシャツより軽いレインウエアを造っていたりする。
 ただしパタゴニアの場合は突出してハードシェルの軽量化が著しく、その他の製品群は決して重いわけではないがそんなに目立って軽くもないという線でまとめている。
 これは同社のメインのシェルはソフトシェルであり、ソフトシェルで対応しきれない暴風雨の場合にハードシェルをソフトシェルの上から羽織るという使い方を想定しているためで、いわばハードシェルはソフトシェルのオプションパーツみたいな想定だからだろう。

 ソフトシェルは非常にあやふやな言葉で、きちんと自社製品に対して定義付けをした上で商品展開しているメーカーは実は多くない。
 モンベルとパタゴニアは、一本筋が通っている数少ないメーカーのひとつなのだが、その定義付けは正反対である。
 モンベルは「中間着にアウターとしての機能(耐水性と防風性)を付加し、運動性(伸縮性)も確保したウエア」という定義付けである。
 対してパタゴニアは、「完全防水を捨てる代わりに高い透湿性を確保したシェル」である。パタゴニアのソフトシェルは徹頭徹尾シェルなのである。これほどシェルに徹したソフトシェルを展開しているメーカーって、実はパタゴニアくらいなのでは。
 まあどちらが使いやすいかといえば、実は圧倒的にモンベル派である。単に今までの山シャツの替わりにソフトシェルを入れ替えればいいだけなので、導入しやすいしレイヤリングの考え方も楽である。パタゴニア派ソフトシェルの場合、考え方は非常に面白いし、ほんの20年ほど前まで防水でないアウターで冬山を闊歩していたことを思えば、実は「正しい」とすら思えてくるのだが、結局のところオプションパーツ(超軽量ハードシェル)が必要なのである。というかその超軽量ハードシェルがちゃんとまともなものが出てきたからこそ、この「シェルに徹した」ソフトシェルが正しいように思えてくるのであるが。

 値段の話になれば、なんだかんだいってパタゴニアは高い。その独特の素材感やCSSやRシリーズなどの凝りまくった造りを考えれば、ある程度納得はできるものの、製品によってはそれでもやはり高いとは思う。
 Rシリーズは造りは凝りまくっているし高いのは納得できるのだが、それでももう2割安ければなぁ・・・と思う。2割安くなるとアメリカ本国価格にドンピシャリ、という製品が多いのは皮肉である。
 ソフトシェルに関しては、こういう製品群が他メーカーにないため、ほとんど唯一無二の存在になっている。まあモノにもよるが、そういう意味ではそれほど割高感はしない。高いけどそれなりのモノ、という感じはする。
 ハードシェルは、例えばレインシャドーとかジェットストリームが3万円を切っているのは安い!と思ってしまった。それもまあソフトシェルであるディメンションジャケットを先に買ってしまっていて、そのオプションパーツとして見てしまったからなのだが、でもスペクターとかにはそれほど食指が動かない。あまりにも軽量化しすぎて使いづらそうという、値段以前の話なのだが。
 それがグレードVIになると、これはもうはっきり高すぎ、と思う。まあ3レイヤーで300gを切っているのは凄いとは思うが、47,000円はむちゃだろと。3万円代前半ならジェットストリームではなくたぶんこれを買っていた、と思うのだが。

 その「高すぎ」と思うか「まあなんとか」と思うボーダーラインはなんだろうと考えると、私の中でたぶんモンベルの価格がある意味基準になっているのである。
 モンベルにピークシェルという超軽量レインウエアがある。ブリーズドライテック3レイヤーで280gという超軽量ウエアである。
 これの値段が18,000円弱なのである。
 単にそのスペックと価格だけを考えたら、超軽量レインウエアはこれで決まりである。まあモンベルにはさらに軽い250gのバーサライトとかもあるし、それがもっと安かったりするが、ブリーズドライテックの性能は捨てがたいし、極端な話、他の全ての軽量レインウエアは存在価値がない。
 それでもパタゴニアのジェットストリームを3万円近い金を出して買うのは、イメージだったりCSSなどの技術的な要素に引かれたりするわけで、そこにいくらか余分に金を出しても良いと思ってしまうわけである。でもピークシェルにも「通気性を持った防水透湿性素材」という技術的独自性があったりするわけで、例えば逆にピークシェルの方が値付けが1万円高くてもこちらを買う、という人がいるかもしれないくらいの差でしかないのだが。

 そういう思い入れや好みに対して出せるのは、モンベルをリファレンスとすればせいぜいその倍までだろう、と私は心のどこかで思っているらしい。なのでグレードVIは論外なのである。3万円代前半という許容範囲も、なんとなくそのへんのようなんである。技術的アドバンテージは、グレードVIにはCSSがあるが、ピークシェルにもブリーズドライテックがあるので引き分け、重量は同等、でも値段は2.5倍。論外である。

 

 登山用具メーカーの場合、創業者が著名な登山家というパターンは多い。モンベルだってそうだし、ノースフェイスもアークテリクスも創業者はクライマーである。

 ただパタゴニアの場合ちょっとそのカリスマ度のレベルが違うのだ。なんつってもイヴォン・シュイナードである。これはもうカリスマなどという安っぽい言葉で言い尽くせるレベルの存在ではなく、私がチンネの左稜線で遊び狂っていた20年前のクライマー連中はもちろん、今現在のクライマーに至るまで、彼ら本人が知ろうが知るまいが好むと好まざるとに拘わらず、全てに影響を与え続けている人物なのである。
 岩にピトンを打つことを潔しとせず、ピトンの製造販売会社が当たっていたのにも拘わらず、ナッツに切り替えたオヤジである。まあそういう意味ではクライミングを宗教にした教祖でもあり、小うるさいオヤジだ、とよく思ったものだった。

 まあそんなわけで、別に私はシュイナードに対して憧れたとかいうことではなく、どちらかというと彼の創造したクライミング界に馴染めなかった方なのだが、なんというか好き嫌いを超越した巨大な存在なのである。
 そのイヴォン・シュイナードが創業者、というだけでパタゴニアには「ははーっ」と平伏せねばならないような、大名行列の前を横切ると斬り捨てられてしまいそうな、そういう一種独特の畏怖感があったりするのだった。
 そのパタゴニアは、コットン製品に全面的にオーガニックコットンを使用したり、リサイクルポリエステルを素材に用いた製品群を展開したり(将来的にはシェルを全てリサイクルポリエステル製にするのが目標だとか)、キャプリーンアンダーウエアの回収・リサイクルを始めたり、発送する製品の梱包がやたら簡易包装だったり、確かに環境に対する姿勢は徹底している。
 そのことも含め、またそれぞれの製品群の仕様の拘り方とか、そこはかとなくシュイナードのパーソナリティを感じるというか、言い方を変えればシュイナードの臭いがぷんぷんするのである。たぶんある年齢以上の元クライマーには、少しは判っていただけると思うのだが・・・
 ま、モンベル製品からも辰野さんの臭いがぷんぷんするな。といっても辰野さんにモンベルの臭いを感じるのか、どっちかよく判らないが。

 カリスマといえばボナッティもクライミングギアメーカーを興していたよな。その名もボナッティ。今はコングと称しているらしいが。
 まああまり商売っ気はなさそうな人だったけど。結局カラビナを造ってるメーカー、という印象しかない。

 カリスマといえば忘れちゃいけないメスナーも、自分でやってるわけではないが秋葉原にある登山用具店のニッピンがずーっとメスナーブランドのザックとかテントを出している。今じゃメスナーを知らない人も多いと思うんだけど・・・

 

 ヘルメットのところで少し書いたが、昔ガリビエールというメーカーがあって靴も作っていた。とてもじゃないが手の届く値段ではなかったので指をくわえて見ていただけだったのだが、とうの昔になくなったらしい。シャルレもいつのまにかペツルに吸収されてしまって、今の製品はちっともシャルレらしくなくなってしまった。

 

 THE NORTH FACEは、日本ではゴールドウインが販売だけでなく企画開発もしている。そういう形態になったのはいつからなのだろう。私が学生の頃は格好良くて高機能だけれどもやたら高いというイメージだったのだが、最近はそのイメージが当てはまるのは一部のトップモデルだけである。アメリカノースフェイスのサイトと製品ラインアップを比べてみると判るのだが、実はアパレルに関しては大部分が日本、すなわちゴールドウインでの企画開発品である。それだけでもなんだか騙された気分になってしまうのだが、何より日本のノースフェイスサイトからアメリカノースフェイスサイトにリンクが張られていないというのが非常に怪しげである。見に行かれると困るからか?

 そういえばパタゴニアのCSSの話で、ウエア全体(表側だけだけど)をシームレスで仕上げたのはパタゴニアが初ではないか、と書いたのだが、数年前にノースフェイスも「シームレステクノロジー」と称して同じようなことをやっていた。
 ただしこれは元々ファスナー取り付け部に限った話のようで、そのうち採用部位が拡大されていったらしいがどの部分に適用したのかという説明が例によって皆無なのでよく判らない。ま、カタログ写真だけで判断するとどう見てもこれは縫い目だろうという部位も見られるので、ウエア全体にというわけではなかったらしい。

 ところがまあ全面的にとまではいかないまでも、ハードシェルにシームレステクノロジーを採用したのはいいのだが、採用は数モデルだけで翌年のハードシェルからは「シームレステクノロジー」の文字は姿を消してしまう。で、今度はダウンジャケットにシームレスを導入するのであった。
 糸ではなく接着剤で生地を接合するという技術は、ハードシェルに使用されてこそ意義がある技術だと思う。防水性確保のための大敵である縫い目をなくすことができるからである。
 それをハードシェルに使うのをやめ、ダウンジャケットなんぞに使ってお茶を濁しているのは・・・ハードシェルに全面的に使用するほどの強度が確保できなかったということなのだろう。
 ダウンジャケットでも、縫い目をなくすメリットを防水性の向上と言っているが、防水性と耐水性の言葉の使い分けができていないメーカーなので、わざわざ縫い目をなくすメリットがあるレベルの話なのかよく判らない。
 それより、ダウンジャケットで縫い目をなくす最大のメリットは、ダウンの飛び出しを理論上ゼロにできることだと思うのだが・・・?

 ノースフェイスのカタログ分析で、「ツッコミどころ満載」と書いたが、2004-2005年秋冬のカタログはさらに凄い。書くときりがないのでここには書かないが。
 きっと何も知らないライターが書いたものを、ロクに校正もせずに出しているんだろうな。

 

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